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は、嘉永六年以降の殉難者及び戊辰戰役の戰死者を京都靈山に合祀あらせら, れる爲に、東京九段坂上に招魂社を創建あらせられた。爾後此の招魂社に嘉, れる旨を仰出せられたが、翌二年六月には戊辰戰役の戰歿者を合祀あらせら, 二年六月二十五t靖國神社の社號を賜り、別格官幣社に列せしめられたので, 三神の御靈代を奉じて赴任し、札幌の廳舍内に奉齋した。後社地を札幌の近, を憐み給ひ、之を神社に奉祀すべき旨を仰出せられた。即ち明治元年五月に, 以上の諸社の御祭神は、天皇・皇族は申すも畏し、多くは世に聞えた忠臣であ, 遲神・少彦名神を奉齋する事となつた。明治二年九月開拓長官東久世通福は, 弘く志士並びに一般の兵卒等に對しても、其の齊しく國難に殉ぜる者の誠忠, 永六年以降の殉難者を始め、諸戰役の戰死者・戰病死者の英靈を合祀せられ、十, つて、既に贈位・追賞等、皇室の殊遇を蒙れる者であつた。而して大御心は更に, 猶又政府は北海道を開發するに當り、同地に開拓神として大國魂神・大那牟, 郊圓山に相して假殿を造營し、之に奉祀して全島の總鎭守となし、四年五月札, ある。, 第二章第, 三節參照, 札幌神社, 靖國神社, 第二十編新政の基礎, 五一二
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- 第二章第
- 三節參照
頭注
- 札幌神社
- 靖國神社
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- 第二十編新政の基礎
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- 五一二
注記 (20)
- 1256,535,61,2326は、嘉永六年以降の殉難者及び戊辰戰役の戰死者を京都靈山に合祀あらせら
- 1029,533,61,2327れる爲に、東京九段坂上に招魂社を創建あらせられた。爾後此の招魂社に嘉
- 1145,537,59,2320れる旨を仰出せられたが、翌二年六月には戊辰戰役の戰歿者を合祀あらせら
- 804,537,59,2317二年六月二十五t靖國神社の社號を賜り、別格官幣社に列せしめられたので
- 345,533,60,2318三神の御靈代を奉じて赴任し、札幌の廳舍内に奉齋した。後社地を札幌の近
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- 1736,609,59,2247以上の諸社の御祭神は、天皇・皇族は申すも畏し、多くは世に聞えた忠臣であ
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- 1492,536,62,2326弘く志士並びに一般の兵卒等に對しても、其の齊しく國難に殉ぜる者の誠忠
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- 1613,538,61,2319つて、既に贈位・追賞等、皇室の殊遇を蒙れる者であつた。而して大御心は更に
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