Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
は、承久の昔朝權恢復の叡慮を遂げさせ, は、壽永の昔、安徳天皇が平家の滅亡と共に, れたのである。又水無瀬宮, 長門壇ノ浦に於いて崩御遊ばされ、後天皇の爲に赤間關に御影堂を建てられ, 六日に新宮白峯宮に鎭座申上げ、六年六月九日社格を官幣中社, たのが其の起りであつて、維新後政府が御影堂を神社に改むるの議を建てる, の舊跡, がせ給ひ、元年八月勅使を讚岐の白峯陵に遣して、神靈を奉遷せしめられ、九月, 天皇の神靈を阿波より、翌七年六月順徳天皇の神靈を佐渡より迎へ奉りて、合, や、八年九月二十七日、勅許あらせられて赤間宮と稱せしめられ、官幣中社, 給はず、配所に崩御ましました後鳥羽天皇・土御門天皇・順徳天皇を奉祀した神, に列し給ひ、同年十一月後鳥羽天皇の神靈を隱岐より、翌十二月土御門, ざる間に明治維新となつた。明治天皇に於かせられては、御父帝の御志を繼, に定めら, 社である。明應三年後鳥羽天皇に神號宣下のことがあり、神殿を水無瀬離宮, 起つて、新に御宮を水無瀬の御舊跡に創立あらせられ、六年八月十四日官幣中, 祀あらせられた。赤間宮, に造營あらせられたが、維新後三天皇の神靈を奉遷申上ぐる議が, 社, 後に同, 後に赤間神, 後に同, 宮と改稱, 島郡, 大社, 大社, 神宮と改稱, 攝津三, 後に水無瀬, 後に同, 大社, 水無瀬宮, 赤間宮, 第二十編新政の基礎, 五〇八
割注
- 後に同
- 後に赤間神
- 宮と改稱
- 島郡
- 大社
- 神宮と改稱
- 攝津三
- 後に水無瀬
頭注
- 水無瀬宮
- 赤間宮
柱
- 第二十編新政の基礎
ノンブル
- 五〇八
注記 (35)
- 1396,1677,63,1176は、承久の昔朝權恢復の叡慮を遂げさせ
- 579,1590,68,1253は、壽永の昔、安徳天皇が平家の滅亡と共に
- 1405,537,57,827れたのである。又水無瀬宮
- 468,527,75,2318長門壇ノ浦に於いて崩御遊ばされ、後天皇の爲に赤間關に御影堂を建てられ
- 1513,537,70,1891六日に新宮白峯宮に鎭座申上げ、六年六月九日社格を官幣中社
- 352,529,71,2316たのが其の起りであつて、維新後政府が御影堂を神社に改むるの議を建てる
- 1063,532,56,185の舊跡
- 1629,535,67,2328がせ給ひ、元年八月勅使を讚岐の白峯陵に遣して、神靈を奉遷せしめられ、九月
- 695,529,79,2327天皇の神靈を阿波より、翌七年六月順徳天皇の神靈を佐渡より迎へ奉りて、合
- 239,530,72,2166や、八年九月二十七日、勅許あらせられて赤間宮と稱せしめられ、官幣中社
- 1276,533,75,2330給はず、配所に崩御ましました後鳥羽天皇・土御門天皇・順徳天皇を奉祀した神
- 812,747,79,2107に列し給ひ、同年十一月後鳥羽天皇の神靈を隱岐より、翌十二月土御門
- 1740,541,67,2320ざる間に明治維新となつた。明治天皇に於かせられては、御父帝の御志を繼
- 1514,2601,52,254に定めら
- 1161,531,74,2325社である。明應三年後鳥羽天皇に神號宣下のことがあり、神殿を水無瀬離宮
- 930,525,74,2331起つて、新に御宮を水無瀬の御舊跡に創立あらせられ、六年八月十四日官幣中
- 598,524,56,767祀あらせられた。赤間宮
- 1044,878,75,1971に造營あらせられたが、維新後三天皇の神靈を奉遷申上ぐる議が
- 834,526,55,52社
- 1542,2452,40,122後に同
- 621,1333,43,210後に赤間神
- 862,595,41,122後に同
- 577,1332,43,166宮と改稱
- 1051,739,39,79島郡
- 821,597,39,76大社
- 1498,2453,39,77大社
- 1389,1410,41,209神宮と改稱
- 1093,740,42,119攝津三
- 1432,1410,41,208後に水無瀬
- 267,2723,42,122後に同
- 225,2724,39,76大社
- 1418,290,42,164水無瀬宮
- 593,279,42,173赤間宮
- 1860,679,47,518第二十編新政の基礎
- 1854,2367,46,121五〇八







