『維新史』 維新史 1 p.52

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の外はない。, 相違なく、土御門泰重は「江戸將軍乳母、三條西子分にて、今夜御所へ伺公、御對面之, も事の急遽なるに顛倒したのであつた。所司代板倉重宗は「不慮俄に御讓位、中, て參朝したるも、何事なるやを知らず、やがて御讓位の節會が行はれたので、孰れ, 由承及候。無勿體事候。帝道民ノ塗炭ニ落候事に候」と痛憤してゐる。滿廷誰, 内親王と賜はつたが、十一月八日天皇は、猝かに内親王, かに皇妹の配右大臣二條康道の外一二の者に過ぎず、關白一條兼遐以下朝臣は, 勿論、中宮すら關知し給はぬ所であつた。是日朝臣等は召命に依り、束帶をつけ, か此の傍若無人の態度に憤〓せざる、後日波瀾の起つたのは當然の結果と言ふ, 樣であり、秀忠・家光も事の意外なるに驚愕したるも、既に御讓位ありし上は、幕府, 々廢亡言語同斷之御事也」と、只幕府に此の旨を急報して指揮を待つの外なき有, 翌日中宮に東福門院の號を宣下在らせられた。御讓位の議に與つた人は、唯僅, に御讓位在らせられ、, の權威を以てしても、復奈何とも爲ることが出來ず、遂に叡旨を奉ずるに決し、翌, 此の事のあつた同月二十九日、皇女一宮に内親王の宣下があつて、御名を興子, 天皇, 明正, 後水尾天, 皇御讓位, 第一編尊王論の發達, 五二

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  • 天皇
  • 明正

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  • 後水尾天
  • 皇御讓位

  • 第一編尊王論の發達

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  • 五二

注記 (21)

  • 1384,567,55,328の外はない。
  • 1708,561,58,2273相違なく、土御門泰重は「江戸將軍乳母、三條西子分にて、今夜御所へ伺公、御對面之
  • 585,562,58,2268も事の急遽なるに顛倒したのであつた。所司代板倉重宗は「不慮俄に御讓位、中
  • 702,563,59,2268て參朝したるも、何事なるやを知らず、やがて御讓位の節會が行はれたので、孰れ
  • 1597,563,58,2274由承及候。無勿體事候。帝道民ノ塗炭ニ落候事に候」と痛憤してゐる。滿廷誰
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  • 818,563,59,2267勿論、中宮すら關知し給はぬ所であつた。是日朝臣等は召命に依り、束帶をつけ
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