『維新史』 維新史 1 p.60

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三幕府の朝廷尊崇, 斯る反逆の人に與す可き。, 今是を思ふに、若し其の非常の事あらんに、天海が言ひし如く、日光の宮を今上, に移つては、武家法度勵行の緩和、養子制度の改變、諸侯改易の劇減等が著しく注, 職宣下を拜し、爾後文久三年將軍家茂の上洛に至る迄凡そ二百餘年間は、全く將, 軍の朝覲を見なかつた。秀忠・家光の武斷主義が、家綱・綱吉・家宣・家繼の文治主義, と徳川氏の親藩すら、幕末に至つては斯かる斷定を下して憚からず、世人の疑惑, と定めて、今上に弓をひく者あらば、其宮ぐるみ朝敵なれば、有志の武士、誰かは, あるとて、痛く勤王志士の心を刺戟したものである。, 制度に於いて、諸大名の眷族を人質として在府せしめた政策に徴するも明かで, も亦年と共に深められ、幕府が法親王を以て大切なる人質とした事は、恰も參勤, 第四代將軍家綱以降は、元和・寛永の先蹤を趁はず、江戸城に敕使を迎へて、將軍, 目せられると共に、朝廷に對しても威武を以て抑制するのみを事とせず、禮文を, 第一編尊王論の發達, 六〇

  • 第一編尊王論の發達

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  • 六〇

注記 (15)

  • 840,994,59,581三幕府の朝廷尊崇
  • 1511,655,59,735斯る反逆の人に與す可き。
  • 1721,659,69,2195今是を思ふに、若し其の非常の事あらんに、天海が言ひし如く、日光の宮を今上
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