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も亦、故記に稽へて行はしめられたのである。, 二代の中、重祚二代及び安徳天皇陵を除いたものの中、六十六陵に圍障を設け、採, 世の非難を招いたが、「常憲院殿御實紀」によれば、神武天皇より後花園天皇まで百, 樵を禁じ、又奈良奉行をして、爾後赴任の當初に於いては必らず神武天皇陵以下, 大和國所在の御陵を巡拜せしめる事を例規としたのは、幕府が恭敬の一端と見, るべきである。綱吉は又元祿八年女院御料一千石を増進して三千石と爲し、寶, 陵の圍障は小規模に失して、中には御陵圍繞の目的を達しないものもあつて、後, 基き、元祿十年八月敕許を經て、圍障築造の議を決し、近畿の幕吏及び大名・地方代, 官等に命じて、之に從事せしめた。修理の成績は調査に多少の杜撰を免れず、御, 永二年には禁裏御料に一萬石を増進して三萬餘石と爲し、翌三年には仙洞御料, のものが多く、識者の間には之が憂へられてゐた。幕府は細井知愼, である。御歴代の山陵は皇室の式微と共に全く荒廢に歸し、其の所在すら不明, 更に綱吉時代の朝幕關係に就いて特書すべきは、元祿年間に於ける山陵修理, 後中絶してゐたのを復興せられ、御蔭の神事・下上兩社の葵祭・五月五日の競馬等, の提議に, 澤, 廣, 禁裏御料, 山陵修補, の増進, 第一章朝廷第二節朝幕關係, 六三
割注
- 澤
- 廣
頭注
- 禁裏御料
- 山陵修補
- の増進
柱
- 第一章朝廷第二節朝幕關係
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- 六三
注記 (22)
- 1730,584,54,1263も亦、故記に稽へて行はしめられたのである。
- 809,583,59,2255二代の中、重祚二代及び安徳天皇陵を除いたものの中、六十六陵に圍障を設け、採
- 920,581,58,2257世の非難を招いたが、「常憲院殿御實紀」によれば、神武天皇より後花園天皇まで百
- 699,578,57,2256樵を禁じ、又奈良奉行をして、爾後赴任の當初に於いては必らず神武天皇陵以下
- 590,578,57,2261大和國所在の御陵を巡拜せしめる事を例規としたのは、幕府が恭敬の一端と見
- 481,585,57,2256るべきである。綱吉は又元祿八年女院御料一千石を増進して三千石と爲し、寶
- 1031,582,57,2254陵の圍障は小規模に失して、中には御陵圍繞の目的を達しないものもあつて、後
- 1256,578,58,2262基き、元祿十年八月敕許を經て、圍障築造の議を決し、近畿の幕吏及び大名・地方代
- 1141,576,59,2264官等に命じて、之に從事せしめた。修理の成績は調査に多少の杜撰を免れず、御
- 369,580,57,2260永二年には禁裏御料に一萬石を増進して三萬餘石と爲し、翌三年には仙洞御料
- 1375,586,56,1915のものが多く、識者の間には之が憂へられてゐた。幕府は細井知愼
- 1494,584,58,2258である。御歴代の山陵は皇室の式微と共に全く荒廢に歸し、其の所在すら不明
- 1609,647,59,2190更に綱吉時代の朝幕關係に就いて特書すべきは、元祿年間に於ける山陵修理
- 1844,584,58,2249後中絶してゐたのを復興せられ、御蔭の神事・下上兩社の葵祭・五月五日の競馬等
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