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二山陵の修補, も、奈良奉行川路聖謨, に送つて、修陵の急務なるを説き、幕府の吏僚にあつて, も、夫々修補を加へた。而も猶皇陵の所在が〓沒して考定するを得ざりしもの, 中世以降、戰國亂離の世が相踵ぐと共に、御歴代の山陵は荒廢に歸して、奉幣も, 六十七陵を考定して、周垣を新設し、樵采を禁じ、地域の判然せる十七陵に對して, 二十三陵に及んだといふ。越えて享保年間に入るや、幕府は再び周垣の廢絶せ, 絶え、遂には其の御所在さへも明確ならざるものあるに至りしは、眞に恐懼に堪, る皇陵を修復したが、固より完うせしめる迄には至らなかつた。故に蒲生君平, は文化五年「山陵志」を著して、皇陵の荒廢せるを歎き、徳川齊昭は天保五年以降屡〻, は神武天皇陵の考査に專心して、遂に其の地域を論斷, へざる次第であつた。されば幕府は元祿年間細井廣澤の建言を容れて、皇陵の, 河内國に於いて十陵、和泉國に於いて三陵、丹波・攝津二國に於いて各〻一陵、合せて, 修補に著手することとなり、大和國に於いて二十九陵、山城國に於いて二十三陵、, し、「神武帝御陵考」を幕閣に呈して、修理の必要なるを建議に及んだ。外警喧しく, 書を老中大久保忠眞, 左衞, 門尉, 加賀, 守, 山陵の荒, 享保の修, 廢と元祿, 補, 第十編朝權の確立, 一七八
割注
- 左衞
- 門尉
- 加賀
- 守
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- 山陵の荒
- 享保の修
- 廢と元祿
- 補
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- 第十編朝權の確立
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- 一七八
注記 (26)
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- 304,562,56,595も、奈良奉行川路聖謨
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- 1500,556,62,2303絶え、遂には其の御所在さへも明確ならざるものあるに至りしは、眞に恐懼に堪
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