『維新史』 維新史 1 p.347

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繼ぎ、天保三年よりは連年全國に亙つて凶作が續き、天保七年の作柄は「堂島舊記」, を設けたが、凶荒の暴威の前には、さして效果は擧らなかつたのである。, つた。而して或る者は田畑を賣り、妻子を典し、老幼を捨てて他郷に彷徨し、路頭, によれば、五畿内・東山道・東海道にあつては四歩五厘、關八州にあつては四歩又は, れたと傳へられてゐる。斯くて生活の不安に脅へた餘り、百姓は動搖して、茲に, に斃死する者その數を知らず、草根木皮は固より、牛馬犬鼠に至る迄も食ひ盡さ, 三歩奧州にあつては二歩八厘、羽州にあつては四歩、北陸道にあつては五歩四厘、, 山陰道にあつては三歩二厘、山陽道・南海道にあつては五歩五厘といふ状態であ, と云はれ其の主要原因は領主又は役人の苛斂誅求に對する反抗であつた。故, ても依然行はれて、慶長八年以降幕末迄に總計千二百四十餘件の多數を算した, 節等の應急對策の外に、恆久的な備荒施設として、盛んに圍米・常平倉・社倉・義倉等, 反抗運動を勃發せしめるに至つた。爲政者は租税の減免・米錢の施與・米價の調, 念ふに、百姓一揆は室町時代に於いて既に盛んに勃發したが、江戸時代に入つ, に百姓の困窮が深まり、封建制度の紀綱が弛むに從つて、其の數も漸次増加を加, 百姓一揆, 第二編封建制度の分解, 三四八

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  • 百姓一揆

  • 第二編封建制度の分解

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  • 三四八

注記 (17)

  • 1701,577,62,2286繼ぎ、天保三年よりは連年全國に亙つて凶作が續き、天保七年の作柄は「堂島舊記」
  • 699,571,58,2015を設けたが、凶荒の暴威の前には、さして效果は擧らなかつたのである。
  • 1255,578,60,2265つた。而して或る者は田畑を賣り、妻子を典し、老幼を捨てて他郷に彷徨し、路頭
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  • 1033,567,58,2273れたと傳へられてゐる。斯くて生活の不安に脅へた餘り、百姓は動搖して、茲に
  • 1144,572,58,2267に斃死する者その數を知らず、草根木皮は固より、牛馬犬鼠に至る迄も食ひ盡さ
  • 1479,576,60,2279三歩奧州にあつては二歩八厘、羽州にあつては四歩、北陸道にあつては五歩四厘、
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