『維新史』 維新史 1 p.395

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いで文化七年, 根據地を略取した。殊に十八世紀末和蘭王ウヰリアム五世の英國蒙塵は英國, て、舊和蘭の植民地の大半を返還したとはいへ、其の間に扶植した勢力は、最早拔, 定すると共に、次第に南下し、和蘭東印度會社の衰頽に乘じて、戰はずして彼等の, を壓迫し得た和蘭も、今は英國の驥尾に附して行動するに止まるに至つた。, くこと能はざるものがあつた。佛蘭西は和蘭をバタヴィヤ共和國と改稱し、次, 旗の飜る所は、我が長崎の蘭館のみであつた。然しナポレオン一世の退位に依, 易の振興である。寛永十四年, に絶好の機會を興へ、假令蘭・佛兩國間に締結せられたアミアン講和條約に依つ, 貿易の自由を獲得し得たが、間もなく閉鎖せられ、其の後寛政四年, 英國が印度及び南洋諸島に勢力を伸張すると共に、先づ著目したのは對支貿, 數市を占有するに過ぎなかつた。これに反して英國の勢力は印度に於いて安, り、歐洲の政情は一時小康を保ち得たが、英國の勢力は盆〻増大し、曩には英國艦隊, ナポレオン一世が和蘭を〓合するに至つた。時に和蘭國, ウエデルの率ゐる艦隊の廣東進航は、一時, 度土民軍を撃攘し、爾來佛蘭西は大なる抵抗をもなし得ず、僅かに印度東海岸の, のマカ, 西暦一七, 西暦一六, 九二年, 三七年, 一〇年, 西暦一八, 英國の對, 和蘭の勢, 支政策, 力失墜, 第一章海外勢力の壓迫第一節極東に於ける列強の角逐, 三九七

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  • 西暦一七
  • 西暦一六
  • 九二年
  • 三七年
  • 一〇年
  • 西暦一八

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  • 英國の對
  • 和蘭の勢
  • 支政策
  • 力失墜

  • 第一章海外勢力の壓迫第一節極東に於ける列強の角逐

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  • 三九七

注記 (29)

  • 1058,601,54,377いで文化七年
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  • 1279,593,67,2259て、舊和蘭の植民地の大半を返還したとはいへ、其の間に扶植した勢力は、最早拔
  • 1613,591,66,2251定すると共に、次第に南下し、和蘭東印度會社の衰頽に乘じて、戰はずして彼等の
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  • 1167,593,68,2260くこと能はざるものがあつた。佛蘭西は和蘭をバタヴィヤ共和國と改稱し、次
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