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いで文化七年, 根據地を略取した。殊に十八世紀末和蘭王ウヰリアム五世の英國蒙塵は英國, て、舊和蘭の植民地の大半を返還したとはいへ、其の間に扶植した勢力は、最早拔, 定すると共に、次第に南下し、和蘭東印度會社の衰頽に乘じて、戰はずして彼等の, を壓迫し得た和蘭も、今は英國の驥尾に附して行動するに止まるに至つた。, くこと能はざるものがあつた。佛蘭西は和蘭をバタヴィヤ共和國と改稱し、次, 旗の飜る所は、我が長崎の蘭館のみであつた。然しナポレオン一世の退位に依, 易の振興である。寛永十四年, に絶好の機會を興へ、假令蘭・佛兩國間に締結せられたアミアン講和條約に依つ, 貿易の自由を獲得し得たが、間もなく閉鎖せられ、其の後寛政四年, 英國が印度及び南洋諸島に勢力を伸張すると共に、先づ著目したのは對支貿, 數市を占有するに過ぎなかつた。これに反して英國の勢力は印度に於いて安, り、歐洲の政情は一時小康を保ち得たが、英國の勢力は盆〻増大し、曩には英國艦隊, ナポレオン一世が和蘭を〓合するに至つた。時に和蘭國, ウエデルの率ゐる艦隊の廣東進航は、一時, 度土民軍を撃攘し、爾來佛蘭西は大なる抵抗をもなし得ず、僅かに印度東海岸の, のマカ, 西暦一七, 西暦一六, 九二年, 三七年, 一〇年, 西暦一八, 英國の對, 和蘭の勢, 支政策, 力失墜, 第一章海外勢力の壓迫第一節極東に於ける列強の角逐, 三九七
割注
- 西暦一七
- 西暦一六
- 九二年
- 三七年
- 一〇年
- 西暦一八
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- 英國の對
- 和蘭の勢
- 支政策
- 力失墜
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- 第一章海外勢力の壓迫第一節極東に於ける列強の角逐
ノンブル
- 三九七
注記 (29)
- 1058,601,54,377いで文化七年
- 1500,589,67,2262根據地を略取した。殊に十八世紀末和蘭王ウヰリアム五世の英國蒙塵は英國
- 1279,593,67,2259て、舊和蘭の植民地の大半を返還したとはいへ、其の間に扶植した勢力は、最早拔
- 1613,591,66,2251定すると共に、次第に南下し、和蘭東印度會社の衰頽に乘じて、戰はずして彼等の
- 712,592,71,2146を壓迫し得た和蘭も、今は英國の驥尾に附して行動するに止まるに至つた。
- 1167,593,68,2260くこと能はざるものがあつた。佛蘭西は和蘭をバタヴィヤ共和國と改稱し、次
- 944,593,70,2263旗の飜る所は、我が長崎の蘭館のみであつた。然しナポレオン一世の退位に依
- 489,594,57,856易の振興である。寛永十四年
- 1390,594,65,2249に絶好の機會を興へ、假令蘭・佛兩國間に締結せられたアミアン講和條約に依つ
- 376,590,69,1864貿易の自由を獲得し得たが、間もなく閉鎖せられ、其の後寛政四年
- 603,657,67,2198英國が印度及び南洋諸島に勢力を伸張すると共に、先づ著目したのは對支貿
- 1730,589,67,2258數市を占有するに過ぎなかつた。これに反して英國の勢力は印度に於いて安
- 831,592,74,2264り、歐洲の政情は一時小康を保ち得たが、英國の勢力は盆〻増大し、曩には英國艦隊
- 1064,1196,63,1658ナポレオン一世が和蘭を〓合するに至つた。時に和蘭國
- 496,1669,61,1188ウエデルの率ゐる艦隊の廣東進航は、一時
- 1843,590,68,2249度土民軍を撃攘し、爾來佛蘭西は大なる抵抗をもなし得ず、僅かに印度東海岸の
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