『維新史』 維新史 1 p.438

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られた後であつたからである。, 糧食薪水を給與する方針に決定した。依つて土岐は三月十三日浦賀に至つて, 奉行大久保忠豐, しめられた一部の日本人遭難水夫の急報に依つて、幕府は異國船が漂民護送の, して海上難破の漂流民を送還し來たものであれば、謝意を表して漂民を受取り, 浦賀に到達するを得た。是より先、安房沖及び上總沖より兩度に亙つて上陸せ, の説に贊し、異國船は自らの生業を中絶, は即日浦賀を出帆した。我が國が前囘モリソン號渡來の際に於ける態度に比, しめ、薪水糧食の外に陶磁器を支給して、其の勞に報いた。斯くてマンハタン號, して、著しく平和的であつたのは、主として天保十三年七月薪水給與令の施行せ, せしめたもので、彼等の行動は日本をして能ふべくんば開國通商せしめんとの, 今囘限り漂流民を請取り、又其の護送に對しては厚く謝意を表する旨を傳達せ, と協議の上、翌十四日支配組與力中島清司等を同船に派し, 途にある事を知り、其の取扱方に就いて評議する所があつた。老中阿部正弘, モリソン號及びマンハタン號の渡來は、幕府當局に對して開鎖の論議を沸騰, は在府の浦賀奉行土岐頼旨, 守、福山, 因幡, 藩主, 丹波, 伊, 守, 守, 勢, 第三編鎖國政策の破綻, 四四〇

割注

  • 守、福山
  • 因幡
  • 藩主
  • 丹波

  • 第三編鎖國政策の破綻

ノンブル

  • 四四〇

注記 (26)

  • 479,575,54,864られた後であつたからである。
  • 1151,573,65,2271糧食薪水を給與する方針に決定した。依つて土岐は三月十三日浦賀に至つて
  • 1045,573,57,456奉行大久保忠豐
  • 1602,583,69,2259しめられた一部の日本人遭難水夫の急報に依つて、幕府は異國船が漂民護送の
  • 1259,575,68,2274して海上難破の漂流民を送還し來たものであれば、謝意を表して漂民を受取り
  • 1712,571,69,2276浦賀に到達するを得た。是より先、安房沖及び上總沖より兩度に亙つて上陸せ
  • 1372,1730,63,1118の説に贊し、異國船は自らの生業を中絶
  • 702,576,67,2269は即日浦賀を出帆した。我が國が前囘モリソン號渡來の際に於ける態度に比
  • 815,577,68,2272しめ、薪水糧食の外に陶磁器を支給して、其の勞に報いた。斯くてマンハタン號
  • 585,578,67,2262して、著しく平和的であつたのは、主として天保十三年七月薪水給與令の施行せ
  • 235,582,64,2254せしめたもので、彼等の行動は日本をして能ふべくんば開國通商せしめんとの
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  • 1840,700,47,579第三編鎖國政策の破綻
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