『維新史』 維新史 1 p.486

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琉球に、文政元年, 安房・上總・相模に亙つて領地替を行ひ、文政三年, せしめた。, 奪ひ去つた。これより先、文化五年フェートン號が長崎に來て狼藉をした時に, 越藩主松平齊典, 備は是よりして面目を一新するに至つたのである。, には、英艦フェートン號が長崎に入港し、同八年には露, 鍋島家が處罰を蒙つたことがあつたので、茲に一〓の刺戟を受け、長崎方面の防, 人ゴローニンが千島に來航し、特に英船は同十年・十一年には長崎に、十三年には, を免じて浦賀奉行の所管となし、次いで翌年四月小田原藩主大久保忠眞, を桑名に移せしによつて、房總の警備を免じて代官森覺藏をして其の地を管理, 更に文化・文政の間、異國船の我が國に接近した状を見るに、露人擇捉に寇せし, 翌年、即ち文化五年, 〓繁であつた。加ふるに同七年大隅の寶島に來た英艦は鐵砲を放つて野牛を, には江戸灣に、文政七年には常陸大津浦に來航して、出沒, が責を負つて自殺した。又當年警備の任にあたつてゐた, をして相州の警備に當らしめ、文政六年に至り白河藩の封, は、奉行松平康英, 十二月會津藩の相州警衞, ・川, 圖書, 大和, 西暦一八, 加賀, 西暦一八, ○三年, 西暦一八, 二〇年, 一八年, 守, 頭, 守, 時代外國, 文化文政, 船の來航, 第三編鎖國政策の破綻, 四八八

割注

  • 圖書
  • 大和
  • 西暦一八
  • 加賀
  • ○三年
  • 二〇年
  • 一八年

頭注

  • 時代外國
  • 文化文政
  • 船の來航

  • 第三編鎖國政策の破綻

ノンブル

  • 四八八

注記 (37)

  • 810,574,54,458琉球に、文政元年
  • 1717,578,58,1328安房・上總・相模に亙つて領地替を行ひ、文政三年
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  • 583,575,59,2262奪ひ去つた。これより先、文化五年フェートン號が長崎に來て狼藉をした時に
  • 1491,580,58,453越藩主松平齊典
  • 243,572,60,1476備は是よりして面目を一新するに至つたのである。
  • 1035,1318,60,1524には、英艦フェートン號が長崎に入港し、同八年には露
  • 351,574,58,2270鍋島家が處罰を蒙つたことがあつたので、茲に一〓の刺戟を受け、長崎方面の防
  • 921,575,60,2263人ゴローニンが千島に來航し、特に英船は同十年・十一年には長崎に、十三年には
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  • 1369,582,63,2257を桑名に移せしによつて、房總の警備を免じて代官森覺藏をして其の地を管理
  • 1149,649,60,2194更に文化・文政の間、異國船の我が國に接近した状を見るに、露人擇捉に寇せし
  • 1039,578,54,518翌年、即ち文化五年
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  • 807,1250,56,1591には江戸灣に、文政七年には常陸大津浦に來航して、出沒
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