『維新史』 維新史 2 p.113

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去つた。, のである。抑正篤は堀田正時, 内外共に未曾有の難局に處して、疲勞困憊の甚しきは察するに餘りある。特に, も勢力があつて、高松藩主松平頼胤, 例も履まなかつた。それで齊昭ですら之を知らず、全く正弘の獨斷に出でたも, の次子で文政八年三月家を襲ぎ、寺社奉行・大, 十月二日の大地震で、江戸市中の家屋の倒壤が夥しく、剰へ火災の害が言語に絶, し、災後の措置は正弘の責務に一〓の重きを加へることになつたのであつた。, 等と結托し、密かに正弘・齊昭の排斥運動, として老中首座の地位に止まつてゐる筈がない。加之弘化以來幕政に鞅掌し, 正弘は此の重責に省みて、衷心甚だ安んぜず、十月九日遂に意を決して佐倉藩主, 坂城代を經て西丸加判の列に加り、同十二年三月本丸老中に列し、始めて幕政に, 正弘が正篤に首座を讓るに當つて、溜間詰諸侯並びに徳川三家に諮るべき前, を始めてゐた旨が傳へられてゐる。聰明な正弘が此の間の情勢を知らず、晏如, 堀田正篤を推擧して老中と爲し、之に勝手掛を命じて、自らは老中首座の地位を, 澹たるものがあつた。就中彦根藩主井伊直弼の如き、當時既に溜間詰諸侯中最, 相模, 讚岐, 守, 守, の入閣, 堀田正篤, 第三章幕府の庶政改革第一節政治の刷新, 一一三

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  • 相模
  • 讚岐

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  • の入閣
  • 堀田正篤

  • 第三章幕府の庶政改革第一節政治の刷新

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  • 一一三

注記 (24)

  • 816,578,53,196去つた。
  • 466,587,55,847のである。抑正篤は堀田正時
  • 1389,578,71,2273内外共に未曾有の難局に處して、疲勞困憊の甚しきは察するに餘りある。特に
  • 1735,579,61,990も勢力があつて、高松藩主松平頼胤
  • 580,584,63,2270例も履まなかつた。それで齊昭ですら之を知らず、全く正弘の獨斷に出でたも
  • 470,1601,61,1256の次子で文政八年三月家を襲ぎ、寺社奉行・大
  • 1274,581,70,2273十月二日の大地震で、江戸市中の家屋の倒壤が夥しく、剰へ火災の害が言語に絶
  • 1160,579,68,2226し、災後の措置は正弘の責務に一〓の重きを加へることになつたのであつた。
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