『維新史』 維新史 2 p.368

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下之人心瞬息之間、土崩瓦解危疑候は瞭然たる樣奉存候。乘此之時、洋夷輻集, にて、自然皇國之大患引出候と奉存候」とて國内分裂を深憂し、更に別紙に於いて、, 仕候へば、徳川家は不及申、皇國之〓勞殆不可救に至候と奉存候。此上は拙劣, 不斷にて、最下策之樣に御座候得共、此處は飽迄御宥恕之叡慮を以、關東に御任, は決て不被爲稱御事と奉存候。關東にても不得止、只今之勢に相成候處、俄に, を上京せしめる時は、喜んで斡旋の勞をとるべき旨を答へたので、慶永は同月二, した。其の内容は、「方今洋夷垂涎覲上之時、〓起蕭墻候て、徳川家之滅亡は第二等, 信は左内を引見して、周旋に關して親しく注意を與へ、且つ實萬への直書を手交, 御英斷を以、不辱國體樣の叡慮出候ては、將軍家信を被失、彼必兵端を相開可申、, 又信を不失樣にと存候得は、奉背叡慮、右抵左悟進退窮可申、左樣相成候ては、天, 果であつた。然るに豐信は己が家臣には適當の者がなく、若し慶永にして家臣, 謹白、今上天資御英明被爲在候儀は、僕窃拜承仕候。此度關東之所置も、叡慮に, 十四日左内を航海術原書取調の名目の下に上京せしめることとした。時に豐, せ被仰付度伏て奉冀。乍併、何時頃も彼に屈膝候を甘心仕候はゞ、日本之大辱, 第五編朝幕の乖離, 三六八

  • 第五編朝幕の乖離

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  • 三六八

注記 (16)

  • 596,664,72,2225下之人心瞬息之間、土崩瓦解危疑候は瞭然たる樣奉存候。乘此之時、洋夷輻集
  • 1172,609,73,2296にて、自然皇國之大患引出候と奉存候」とて國内分裂を深憂し、更に別紙に於いて、
  • 480,666,74,2222仕候へば、徳川家は不及申、皇國之〓勞殆不可救に至候と奉存候。此上は拙劣
  • 366,663,73,2221不斷にて、最下策之樣に御座候得共、此處は飽迄御宥恕之叡慮を以、關東に御任
  • 942,672,70,2216は決て不被爲稱御事と奉存候。關東にても不得止、只今之勢に相成候處、俄に
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