『維新史』 維新史 2 p.456

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は豐信を頼つて、實萬に入説し、最後の手段として朝旨を仰ぐことに力めたので, ある。實萬は豐信に、朝意は既に年長・英明・人望の世子にあることを報じ、左大臣, た。在京の福井藩士近藤了介が、橋本左内に宛てた書翰に、, ては朝旨を請うて年長・英明・人望の人物を定めるべきであるとて、伊達宗城・山内, 慶永は既に前月の末、正睦から將軍世子は慶福に内定したことを聞いて、斯く, 豐信等に之を謀り、其の旨を豐信より前内大臣三條實萬に通じて、周旋を依頼し, と見えてゐる。豐信は三條とは姻戚の關係にあつたので、書信を往復して周旋, し、曩に三條家の家士富田織部は密かに江戸に來つて豐信と謀議した。一橋黨, 近衞忠熙も亦徳川慶恕に宛てた書翰に、朝意は慶喜にあると言つてゐる。又島, は、非常の御權道を以て、於皇朝御革命被爲在候御儀に至る迄密話に及置候, 津齊彬も曩に西郷吉兵衞を江戸に留めて、慶喜の擁立に周旋せしめ、自らは藩地, 獨橋公御周旋の儀、種々應援辯論を盡し、自然關東にて南紀御治定に相成候節, に歸つてゐたが、屡〻書を忠熙に呈して、慶喜擁立の爲に朝旨を下されんことを力, (安政五年六月二十三日附書翰), 後の運動, 一橋黨最, 第五編朝幕の乖離, 四五六

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  • 後の運動
  • 一橋黨最

  • 第五編朝幕の乖離

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  • 四五六

注記 (18)

  • 700,583,57,2283は豐信を頼つて、實萬に入説し、最後の手段として朝旨を仰ぐことに力めたので
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  • 1617,579,59,2283ては朝旨を請うて年長・英明・人望の人物を定めるべきであるとて、伊達宗城・山内
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