『維新史』 維新史 3 p.240

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然ト奉存候。, 心ヲ以奉安宸襟候事ト奉存候」とて、公武合體の原則を強調し、更に, 恩命を受け、更に九月四日には、豐範に代り上京して輦〓の警衞に當るべしとの, と述べて、豐範への内勅の降下が公武合體に障害となるべきを憂慮した。果し, 勅命をさへ蒙つて、英邁濶達の氣象を以て、再び中央政界に活躍するに至つたの, 此度豚兒參勤之砌、暫滯京云々、於僕モ感激之至奉存候。然ニ幕府ヲ被差置、御, 條實美に國事意見を開陳した書翰に、攘夷を排して開國主義を主張し、「開國ハ重, 内勅ト申候ニ相成候テハ、何トナク公武御隔意被爲在候樣相響、天下關係不少, て然らば、豐信の見解と瑞山の王政復古論との間には、甚しき徑庭の存した事は, であつた。而も豐信は依然穩健な公武合體論を固執してゐた。當時豐信が三, の身となり、八月十五日には登營して、將軍家茂より臨機時務を開陳すべしとの, 候。何卒京師御手薄ニ被思召候ハヽ、幕府へ被命、正大明白之御所置、乍恐御當, 大之儀、何レ公武御合體、朝廷ヨリハ幕府へ御委任、幕府ヨリハ朝廷ヲ推戴、至誠之, ことは至大なものがあつた。豐信は此の歳四月二十五日幕譴を解かれて自由, (國事關係書類), 然ト奉存候。(國事關係書類), 免と尊攘, 派への影, 豐信の宥, 響, 第十編朝權の確立, 二四〇

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  • 免と尊攘
  • 派への影
  • 豐信の宥

  • 第十編朝權の確立

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  • 二四〇

注記 (22)

  • 458,620,58,341然ト奉存候。
  • 923,558,62,1890心ヲ以奉安宸襟候事ト奉存候」とて、公武合體の原則を強調し、更に
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