『維新史』 維新史 4 p.719

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記してゐる。, 慶應三年七月三日京都を發した後藤象二郎は寺村左膳と共に大坂に至り、八, しと、具さに建白の内容を豐信に告げた。豐信は象二郎の進言を納れ、重臣を會, 日土州浦戸に到著した。翌九日左膳は二丸に登城して藩主山内豐範に〓し、尋, いで象二郎と共に散田の邸に赴き、山内豐信に面〓した。象二郎は、豐信に對し、, 京都に於ける現下の情勢を述べ、今や江戸幕府の命脈は旦夕に迫れりとなし、土, 州藩の對處すべき態度に關して意見を進言した。即ち象二郎は、今正々堂々、大, 政返上の建白を幕府に呈せば、聰明なる將軍は必ずこれを採用すべし、然らば上, 朝廷に對し奉り、尊王の實を擧げ、下幕府に對しては、所謂仁至り義盡すと申すべ, して建白案を諮問し、藩論を一定せんとした。左膳は其の時の模樣を次の如く, 細ニ言上致候處、大守公ニは御依存も無之、後藤・眞邊兩人は既に昨夜散田御邸, 七月九日、朝、二之御丸へ登城致し、今般京師之模樣、且後藤象二郎之建論之筋、委, 二土州藩論の決定, 進言, 象二郎歸, 藩, 〓二郎の, 第二章徳川慶喜の大政奉還第一節土藝二藩士の運動, 七一九

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  • 進言
  • 象二郎歸
  • 〓二郎の

  • 第二章徳川慶喜の大政奉還第一節土藝二藩士の運動

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  • 七一九

注記 (19)

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