『維新史』 維新史 2 p.660

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るべきであらう。, て、感〓無量なるものがあつたといふ。訥菴・強介は共にこれ坂下の變の主謀者, 直ちに傳馬町の獄に到り、獄吏に賂して松陰の遺骸を請けようとしたが許され, ず、再三懇望の末、漸く小塚原囘向院に於いて交付せられることを得た。時に桂, 小五郎・伊藤利助の二人も行を共にしたが、橋本左内の墓の左側に葬つて、自然石, たりし者、憂國の士が大獄を如何に悲憤慷〓し、決然起つて義擧に出でたかを知, 書き送つた。晉作も亦悲憤やる方なくして、周布政之助への書翰中, 深く決意するに至つたことは、最も注目に値する。即ち尾寺新之丞・飯田正伯は, 松下村塾の子弟が先師松陰の最期に〓歎禁ずる能はず、やがて囘天の義擧を, に「安政己未十月念七日死、松陰二十一囘猛士墓、吉田寅次郎行年三十歳」と題し、藩, 然處有父有君、吾身如吾身而非我身候故、自然致方無御座、唯日夜慕我師之影、激, 座候。實に私共も師弟之交を結び候程之事故、仇を報い候らはて安心不仕候, 地の高杉晉作・久坂玄瑞等に之を報じて「此時四人ノ憤恨遺憾御推察可被下候」と, 我師松陰之首、遂に幕吏之手にかけ候之由、防長恥辱、口外仕候も汗顏之至に御, に, 月二十六日附, 安政六年十一, の激憤, 松陰門下, 第六編戊午の大獄と其の反動, 六六〇

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  • 月二十六日附
  • 安政六年十一

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  • の激憤
  • 松陰門下

  • 第六編戊午の大獄と其の反動

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  • 六六〇

注記 (21)

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