『維新史』 維新史 2 p.878

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つて、公使館に定められた麻布の善福寺に入つた。, 米國上院はハリスの功に報いて、彼を日本駐紮辨理公使に昇任, である。尋いで六月五日、即ち日米條約に定められた神奈川開港の當日、ハリス, に入港した。ハリスは神奈川に入港するや、直ちに書翰を老中太田資始に送つ, することを決議した。清國に於いて此の報を得たハリスは、神奈川領事ドール, 十二月, 而して神奈川領事館に就いては、横濱の地を嫌つて、青木町本覺寺を選定したの, はドール及び米艦乘組士官と共に上陸して本覺寺に入り、更に翌六日江戸に上, たが、其の決定を後日に保留して、清國漫遊に赴いた。然るに是より先安政五年, て、公使昇任の旨を報じ、且つ將軍〓見及び江戸に於ける居館の選定を要求した, を隨へて、米艦ミシシッピ號に搭乘し、安政六年五月十五日呉淞を出帆して歸任, 又佛國政府は安政六年四月デ、ベルクールを日本駐紮總領事兼外交代表に任, の途に就いた。途次長崎・下田に寄港し、横濱開港の前日六月朔日に漸く神奈川, 命した。仍つて彼は赴任の途次琉球在留の宣教師ヂラール及び支那在留の宣, 川開港に關して數次幕府有司と折衝して横濱開港に強硬な反對の意を表明し, 西暦一八五, 九年一月, 佛露蘭各, 國使臣の, 來任, 第一章五國條約の成立第二節條約實施の準備, 八七九

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  • 西暦一八五
  • 九年一月

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  • 佛露蘭各
  • 國使臣の
  • 來任

  • 第一章五國條約の成立第二節條約實施の準備

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  • 八七九

注記 (22)

  • 566,610,63,1410つて、公使館に定められた麻布の善福寺に入つた。
  • 1607,1057,72,1811米國上院はハリスの功に報いて、彼を日本駐紮辨理公使に昇任
  • 798,601,69,2270である。尋いで六月五日、即ち日米條約に定められた神奈川開港の當日、ハリス
  • 1142,598,72,2271に入港した。ハリスは神奈川に入港するや、直ちに書翰を老中太田資始に送つ
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  • 682,608,71,2277はドール及び米艦乘組士官と共に上陸して本覺寺に入り、更に翌六日江戸に上
  • 1717,586,79,2281たが、其の決定を後日に保留して、清國漫遊に赴いた。然るに是より先安政五年
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  • 451,668,73,2212又佛國政府は安政六年四月デ、ベルクールを日本駐紮總領事兼外交代表に任
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