『維新史』 維新史 3 p.27

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より外を誘ひ候事、御外聞是のみ奉恐入候。, めとして、橋口壯助, 及び岡藩の小河一敏, 等に公武周旋の趣意を説明させ、, 月九日には壯士を率ゐて入京し、應變の策を企圖して、玄瑞をして諸藩士との連, 薩人無智にても、左樣の愚なる事は致し不申、左樣の不義を致し、天下へ名義は, 相立間敷、多分刺の〓の姦物のと申事は、御内輪より起り候事哉と相考候。内, と報ぜる如く、これ畢竟藩内反對派の策動なりとし、一身を堵しても斷乎所信に, 即刻逮捕すべしとの強硬決意を示した。而も志士は之を一笑に付して、情勢聊, 玄瑞を召還せんとしたが、大坂藩邸の宍戸左馬介は暗に之を拒みたるのみか、四, かも緩和せられず、衆謗愈〻雅樂一身に集るに至つた。藩府は形勢を憂慮して、屡〻, 絡に專任せしめようとした。而して翌十日には島津久光は大坂に著し、志士の, し、文久二年四月朔日には來原良藏・時山直八, 此上、死て遺憾更に無之。此時こそ毛利家の御武威相立候節といきみ居申候。, 特に長州藩士に對しては、若し藩主の命に抗し、輕率の所業を演ずるに於いては、, 邁進すべき決意を洩らした。故に朝紳入説に奔走する旁ら、志士の説得に腐心, を大坂に遣して、西郷吉之助を始, 衞門, 彌右, 隷, 養, 二, 直, 第一章長州藩の公武周旋第二節周旋の蹉跌と藩論の一變, 二七

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  • 衞門
  • 彌右

  • 第一章長州藩の公武周旋第二節周旋の蹉跌と藩論の一變

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  • 二七

注記 (25)

  • 1506,620,59,1224より外を誘ひ候事、御外聞是のみ奉恐入候。
  • 1039,555,55,522めとして、橋口壯助
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