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が、此の頃江戸藩邸の情況も亦漸次雅樂に不利に展開してゐた。即ち雅樂との, 三藩論の一變と雅樂の自盡, きに終つたのは、決して故なきことではなかつた。, 難くない。果して然らば朝旨の存し給へる所と雅樂の建白との間には、かなり, 文久二年四月二十一日、雅樂は江戸に著いて直ちに内勅を藩主慶親に傳へた, つた。從つて長州藩の幕府に對する態度は、幕命のみを奉ぜず、漸く獨自の立場, の逕庭の存せることは明白であり、雅樂の運動が中道にして蹉跌するの止むな, 關係に阻隔を來してゐた周布政之助は十一日に江戸に著き、奏者格に進められ, は云へ、朝意は開國貿易説よりも攘夷説を可とせられ給ひしことは察知するに, られる。此の御沙汰書案は所司代の意見によつて降下するに至らなかつたと, て藩政に參劃し、尋いで二十一日には、桂小五郎亦命を承けて機務に參するに至, を執らんとするに變じ、遂に政之助を始めとして、兼重讓藏等の在府要路は、藩主, 攘夷の御宿願は變じ難いとの旨を明記せる御沙汰書文案を審議したことが知, 政之助の, 藩政參劃, 第一章長州藩の公武周旋第二節周旋の蹉跌と藩論の一, 〓論の一變, 論の, 三一
頭注
- 政之助の
- 藩政參劃
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- 第一章長州藩の公武周旋第二節周旋の蹉跌と藩論の一
- 〓論の一變
- 論の
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- 三一
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- 805,563,59,2294が、此の頃江戸藩邸の情況も亦漸次雅樂に不利に展開してゐた。即ち雅樂との
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- 1270,560,55,1436きに終つたのは、決して故なきことではなかつた。
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- 1760,557,59,2301られる。此の御沙汰書案は所司代の意見によつて降下するに至らなかつたと
- 570,565,60,2297て藩政に參劃し、尋いで二十一日には、桂小五郎亦命を承けて機務に參するに至
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