『維新史』 維新史 3 p.36

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目を掠めたが故で、遂に無事藩地に歸るを得たのであつた。, 衞門を先行せしめることとし、慶親は七月二日京都に入つた。, 到底實行すべからざる状とを聞いた。仍つて同夜盆田彈正・浦靱負・林主税・兼重, 日江戸を發し、道を中山道に取つて上京した。當時薩州藩の國事周旋は順調に, 進捗してゐたが、長州藩は一藩の休戚にも係るべき悲境に苦惱し、慶親上京の前, けて京都より馳せ來れる桂小五郎より、京攝の形勢の激變と先の建白の趣旨の, 途は頗る暗澹たるものがあつた。故に慶親は同月十八日信濃上松驛に浦靱負, 他方上京の勅命を受けた藩主慶親は、謗詞一件釋明の目的をも帶して、六月六, 送り、己れは守山より道を伊勢路に轉じ、伊賀より大坂に潛行して、巧に玄瑞等の, や時勢に副はざるの觀があつた。慶親は這般の情勢に鑑み、病氣を理由として, 讓藏・山田宇右衞門, を召して京師の近況を聽取し、更に二十日美濃中津川驛に到るや、定廣の命を承, 面を搜索したが、又徒勞に終つた。これ雅樂が萬一を慮り、空駕籠のみを伏見に, 京都に於いては、朝野を擧げて尊攘の氣勢に燃え、公武合體・航海遠略の論は早, 桂小五郎等は相會して今後の方針を凝議し、先づ彈正・宇右, 頼, 毅, の決定, 長州藩要, 議と藩論, 路者の會, 慶親の上, 京, 第九編雄藩の國事斡旋, 三六

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  • の決定
  • 長州藩要
  • 議と藩論
  • 路者の會
  • 慶親の上

  • 第九編雄藩の國事斡旋

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  • 三六

注記 (25)

  • 1521,565,60,1708目を掠めたが故で、遂に無事藩地に歸るを得たのであつた。
  • 457,566,62,1780衞門を先行せしめることとし、慶親は七月二日京都に入つた。
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