『維新史』 維新史 3 p.75

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郎等を訪れて、島津久光上洛の顛末及び九州志士の義擧の計畫を告げた。河内, も空しく挫折したのであつた。, 更に徳之島, を命ぜられたのであつた。而して吉之助が天祐丸に乘じて山川港に著するや、, 歴訪して唱義の素地を作り、文久二年二月十五日入京、直ちに田中河内介・清河八, は其の罪案未だ決しなかつたが、憤〓の餘り、山川の船中に於いて自刃した。即, 曩に江戸詰を命ぜられた薩州藩士柴山愛次郎・橋口壯助の二人は、途に同志を, ち吉之助は大島召還後、未だ二箇月ならずして再び遠島の悲運に會し、其の雄圖, 翌十日吉之助は村田新八・森山新藏等と共に海路大坂に送られ、十一日遂に歸國, めて又凝議せんとした。然るに久光の激〓甚しくして面會は許されず、却つて, 一西國志士の上坂, に送られることとなり、新八は鬼界ケ島に流罪に處せられ、新藏, 第三節寺田屋の變, 良部島, 後沖永, 吉之助の, 柴山愛次, 郎橋口壯, 助の上京, 徳之島流, 謫, 第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變, 七五

割注

  • 良部島
  • 後沖永

頭注

  • 吉之助の
  • 柴山愛次
  • 郎橋口壯
  • 助の上京
  • 徳之島流

  • 第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變

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  • 七五

注記 (23)

  • 314,564,64,2305郎等を訪れて、島津久光上洛の顛末及び九州志士の義擧の計畫を告げた。河内
  • 1148,564,57,885も空しく挫折したのであつた。
  • 1501,561,55,323更に徳之島
  • 1622,561,57,2322を命ぜられたのであつた。而して吉之助が天祐丸に乘じて山川港に著するや、
  • 435,564,64,2309歴訪して唱義の素地を作り、文久二年二月十五日入京、直ちに田中河内介・清河八
  • 1383,562,59,2304は其の罪案未だ決しなかつたが、憤〓の餘り、山川の船中に於いて自刃した。即
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  • 1266,560,58,2311ち吉之助は大島召還後、未だ二箇月ならずして再び遠島の悲運に會し、其の雄圖
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