『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 25 訳10 1646年09月-1647年09月 p.55

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約束した。, れ、免れ、閉じられている。, の島々を過ぎ、そこで北の、海の方から回り込んで、正午頃、小倉の地〔を過ぎたが〕、そこ, 側まで漕ぎ出したが、夕刻近くには再び湾内へ漕ぎ戻り、夜半前には帆走し、, 配下にある。そこは、美しい、適度に閉じた湾を持ち、あらゆる風と海, わせ、前と同様に、このすべてのことを、機会を見て彼の主人に知らせることを〔執政官は〕, 〔食事の〕時船頭を促し、帆走し始めたが、激しい雨と風の強い天気に(途中で遭遇したが)、, 天気の中、同所で丸一日留まっていた。, 折よく夕刻前に、神よ讃えられよ、平戸から一三マイルの呼子に投錨した。家々がかなり建て, 同月九日の日の出とともに博多の地を、そして呼子から二二マイルの相ノ島と、その他多く, 同月八日土曜日霧雨の降る天気で、風は南風、後には雨がち。午後の半ば、加部島の北, 込んだ場所で、その〔唐津と〕名を付けられている地域全体とともに、唐津の領主, 同月六日木曜日風は前と同じ。潮流が変わるとともに、九時頃我々は錨を揚げ、平戸か, ら田助まで一マイルを漕航し、正午過ぎには風はまだ南に向かって吹いていたが、霧雨の降る, 〓同月七日金曜日天気と風は昨日と同じ。午後、最初の食事までなおそこに留まり、その, の支, に対し守ら, ○b本「海, ○寺沢, 堅高, 風」に作る, 博多, 加部島, 相ノ島, 平戸を出帆, 小倉, 呼子, 田助, 六四六年十二月バルク船にて, 五五

割注

  • ○b本「海
  • ○寺沢
  • 堅高
  • 風」に作る

頭注

  • 博多
  • 加部島
  • 相ノ島
  • 平戸を出帆
  • 小倉
  • 呼子
  • 田助

  • 六四六年十二月バルク船にて

ノンブル

  • 五五

注記 (30)

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