『維新史』 維新史 3 p.85

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事を進めてゐた。, 所、茲に遂に寺田屋の慘劇を惹起せしめるに至つたのである。, 瑞を始めとして、福原乙之進・寺島忠三郎・中谷正亮・入江九一, 翌日薩州藩邸に入り、義擧の謀議に參加することとなつた。浪士中隱然重きを, 此の時に當つて、曩に文武修業の名を以て東上を命ぜられた長州藩士久坂玄, たるものあり、久光の慰留を以てしても之を如何ともすること能はず、勢の趨く, 光の慰撫に服從したが、固より本心からのことではなく、依然既定の方針を以て, なせる和泉が參加したことによつて、其の氣勢は頓に擧り、彼等は二十三日の夜, 上謙三・吉武助左衞門等も、三月晦日同地を發し、四月二十一日海路大坂に著いて、, を以て、愈〻暴發の期と定めた。彼等の心中には死地に赴かんとする決意の牢乎, 所があつた。又豫て鹿兒島に抑留せられてゐた眞木和泉及び其の子菊四郎・淵, 名は、京都木屋町の藩邸に寓し、在坂の一敏と密かに、聲息を通じて種々畫策する, に於いては、一同を御親兵に推擧すべしと慰留した。浪士は止むなく陽には久, ・佐世八十郎等十數, 弘, 毅, の上坂, 眞木和泉, 第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變, 八五

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  • の上坂
  • 眞木和泉

  • 第二章薩州藩の進出第三節寺田屋の變

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  • 八五

注記 (20)

  • 1624,543,55,472事を進めてゐた。
  • 431,540,59,1779所、茲に遂に寺田屋の慘劇を惹起せしめるに至つたのである。
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  • 1500,611,64,2243此の時に當つて、曩に文武修業の名を以て東上を命ぜられた長州藩士久坂玄
  • 548,543,62,2304たるものあり、久光の慰留を以てしても之を如何ともすること能はず、勢の趨く
  • 1736,543,61,2302光の慰撫に服從したが、固より本心からのことではなく、依然既定の方針を以て
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