『維新史』 維新史 3 p.278

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々平穩之儀、勿論叡慮貫徹可有之候事」(〓記抄)と附言した。聖慮亦島津久光の公, 條忠香・右大臣二條齊敬・前右大臣鷹司輔煕・權大納言近衞忠房等が參集して、攘夷, 勅読に就き意見を交換した結果、攘夷は公武一和の基本故、速かに攘夷の聖旨を, されば穩健派公卿の中には實美・公知の人選を危懼し、自重論を述べる者が決, ひ、十月七日關白近衞忠熙に宛てて、, た。又當時大政輔翼の勅命を蒙り、最も朝議に重きをなしてゐた青蓮院宮尊融, 法親王は、初めより攘夷勅使の派遣に對しては消極的で、固く穩和論を執らせ給, 武合體論に倚頼あらせ給ひ、關白に左の宸翰を賜つた。, 中に「正副兩使激烈如何可有之哉、實ニ御心配可給候」(中山忠能履歴資料)と憂慮し, して尠くはなかつた。九月二十二日正親町三條實愛は中山忠能に宛てた書翰, 徹底致したしとの趣意の覺書を作成したが、其の末尾に「勅使副使等心得之事精, 併此上可被任叡斷衆議候事, と申送つた。更に此の日關白の招請により太宰帥有栖川宮熾仁親王・左大臣一, 別勅使被差下」攘夷御沙汰緩猛二道之内、緩而武臣之策略被聞召候方可然存候。, 併此上可被任叡斷衆議候事。(尊融親王御記), (尊融親王御記), 遣に對す, る一部朝, 別勅使派, 臣の反對, 第十編朝權の確立, 二七八

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  • 遣に對す
  • る一部朝
  • 別勅使派
  • 臣の反對

  • 第十編朝權の確立

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  • 二七八

注記 (22)

  • 295,549,86,2300々平穩之儀、勿論叡慮貫徹可有之候事」(〓記抄)と附言した。聖慮亦島津久光の公
  • 656,541,89,2313條忠香・右大臣二條齊敬・前右大臣鷹司輔煕・權大納言近衞忠房等が參集して、攘夷
  • 539,539,87,2311勅読に就き意見を交換した結果、攘夷は公武一和の基本故、速かに攘夷の聖旨を
  • 1745,613,81,2238されば穩健派公卿の中には實美・公知の人選を危懼し、自重論を述べる者が決
  • 1164,549,64,1018ひ、十月七日關白近衞忠熙に宛てて、
  • 1374,542,85,2311た。又當時大政輔翼の勅命を蒙り、最も朝議に重きをなしてゐた青蓮院宮尊融
  • 1257,538,88,2314法親王は、初めより攘夷勅使の派遣に對しては消極的で、固く穩和論を執らせ給
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