『維新史』 維新史 3 p.606

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ゐたので、元土州藩士清岡半四郎, は、或は之に贊成する者もあり、或は又力を一隅の義擧に分つよりは、大擧東上を, をして事情を探索せしめようとしてゐた。, さうにもなかつた。爲に平野國臣の擧兵策には〓ね贊意を表したが、長州藩の, 會國臣が三田尻に至つたので、半四郎派遣の事は歇んだ。, 擧げて、中山忠光等の軍に應援すべきを説き、又眞木和泉等の諸有志にも〓りに, 上策とすと考へる者もあり、贊否區々であつた。會二十九日長州藩世子毛利定, 應援がなくては如何ともし難い状態であつた。七卿に隨從した諸有志の中に, では是非を決し難いとて要領を得なかつた。平野國臣は馬を馳せて山口に至, 平野國臣は即日七卿に〓し、但馬地方の状勢を述べ、一日も早く義兵を同地に, 擧兵の事を説いた。三田尻に在る七卿等は、八月十八日の政變によつて一度は, 廣が三田尻に至つたので、七卿等は國臣の説を定廣に告げた。定廣は己れ一人, 望であつた。しかるに長州藩廳が自重策を採つた爲、容易に其の望は達せられ, 京都より同地に下つたものの、長州藩に頼つて大兵を率ゐ、速かに京都に歸る希, 有志は、但馬地方に於いて平野國臣・美玉三平等が、義擧を起すとの風聞に接して, 張, 公, 應ぜず, の議を説, 國臣擧兵, 長州藩廳, 第三章八月十八日の政變第五節但馬の變, 六〇七

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  • 應ぜず
  • の議を説
  • 國臣擧兵
  • 長州藩廳

  • 第三章八月十八日の政變第五節但馬の變

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  • 六〇七

注記 (23)

  • 1759,548,62,930ゐたので、元土州藩士清岡半四郎
  • 680,551,73,2296は、或は之に贊成する者もあり、或は又力を一隅の義擧に分つよりは、大擧東上を
  • 1771,1570,69,1221をして事情を探索せしめようとしてゐた。
  • 914,552,73,2289さうにもなかつた。爲に平野國臣の擧兵策には〓ね贊意を表したが、長州藩の
  • 1635,545,72,1633會國臣が三田尻に至つたので、半四郎派遣の事は歇んだ。
  • 1389,543,80,2298擧げて、中山忠光等の軍に應援すべきを説き、又眞木和泉等の諸有志にも〓りに
  • 562,546,72,2298上策とすと考へる者もあり、贊否區々であつた。會二十九日長州藩世子毛利定
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