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を悲歎し、, 子及び三條實美等が力を國事に盡した業績を縷述して、今冤罪を蒙りたる境遇, 種々取調べ、國許に報告すべき必要がある爲、兩三日滯在する旨を屆出でた。, た。京都留守居乃美織江は六月二十五日朝廷及び幕府に上書して、福原越後が, 葉正邦によつて願書を朝廷及び幕府に上らしめた。其の大要は、外交問題の經, 過を述べて攘夷の國策を樹立することを至當となし、叡慮を奉じて毛利慶親父, 冤枉を愁訴する爲東上したのであると述べて岸に上り、離宮八幡社前に長藩攘, 東上の途中伏見に於いて池田屋の變を聞き、洛中の有樣を憂慮し、藩邸内の事を, 屯せしめて、要所要所を占領した。更に藤村幾之進・大谷樸助を淀に遣し、藩主稻, と評されたのである。來島又兵衞の隊亦大坂より淀川を遡つて伏見に來著し, 夷祈願參籠所なる札を掲げ、寶積寺を本營とし、諸隊を天王山・觀音寺・大念寺等に, 川を遡り山崎に達した。一行は同地を守衞してゐた郡山藩兵に對し、長州藩の, 一方眞木和泉・久坂玄瑞の隊は二十四日大坂を發し、十二隻の船に分乘して淀, 外へ出る者無之。, 久坂玄瑞, 眞木和泉, 等の山崎, 屯集, 來島又兵, 衞の隊伏, 眞木和泉, 見に著す, 等の願書, 第一章禁門の變第三節長州藩三家老等の上坂嘆訴, 四三, (甲子戰爭記)
頭注
- 久坂玄瑞
- 眞木和泉
- 等の山崎
- 屯集
- 來島又兵
- 衞の隊伏
- 見に著す
- 等の願書
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- 第一章禁門の變第三節長州藩三家老等の上坂嘆訴
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- 四三
- (甲子戰爭記)
注記 (26)
- 333,571,54,260を悲歎し、
- 450,564,59,2282子及び三條實美等が力を國事に盡した業績を縷述して、今冤罪を蒙りたる境遇
- 1397,562,61,2164種々取調べ、國許に報告すべき必要がある爲、兩三日滯在する旨を屆出でた。
- 1630,561,60,2278た。京都留守居乃美織江は六月二十五日朝廷及び幕府に上書して、福原越後が
- 690,561,59,2283葉正邦によつて願書を朝廷及び幕府に上らしめた。其の大要は、外交問題の經
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