『維新史』 維新史 4 p.103

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いて一時の勝利を得ても、到底持久戰には堪ふべくもなかつた。先には松平頼, は盆〻増加したのである。之に反し、屯集の諸隊にあつては、假令諸所の戰爭に於, り、新左衞門等一千餘名は遂に幕軍に投降した、, 齋・山國兵部の隊及び田丸稻之衞門・藤田小四郎の筑波勢を始め、潮來勢等の同志, 徳が幕府の軍營に到り、今は又榊原新左衞門等が幕軍に投降したので、武田耕雲, 降つて心情を述ぶべしと陰に慫慂する處があつた。かくて十月二十三日に至, 等の深く同情する所であつた。よつて銀次郎等は新左衞門に對し、早く幕軍に, 榊原新左衞門は、那珂湊に屯集してゐる諸兵を統べてゐたが、素より幕軍に抗, 八百餘名は、一先づ此の地を去ることに決し、大宮を經て二十五日大子村, つに至つたのである。この事情は水戸にある家老戸田銀次郎, 是より先那珂湊攻撃軍には日々に諸藩兵が加はり、軍容は整へられ、其の勢力, 戰せんとの素志を懷く者ではなかつた。ただ勢の赴く所遂に今日の苦境に立, 至つて軍議を開いた。其の結果、心情を當時在京中の禁裏御守衞總督一橋慶喜, 久木直次郎, 三武田耕雲齋等の西上, に, 慈郡, 常陸久, 則, 敬, 忠, 久, 投降, 上決議, 幕軍への, 榊原新左, 武田耕雲, 衞門等の, 齋等の西, 第一章禁門の變第六節水戸藩士の攘夷運動, 一〇三

割注

  • 慈郡
  • 常陸久

頭注

  • 投降
  • 上決議
  • 幕軍への
  • 榊原新左
  • 武田耕雲
  • 衞門等の
  • 齋等の西

  • 第一章禁門の變第六節水戸藩士の攘夷運動

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  • 一〇三

注記 (31)

  • 818,575,73,2283いて一時の勝利を得ても、到底持久戰には堪ふべくもなかつた。先には松平頼
  • 933,568,74,2288は盆〻増加したのである。之に反し、屯集の諸隊にあつては、假令諸所の戰爭に於
  • 1164,565,65,1351り、新左衞門等一千餘名は遂に幕軍に投降した、
  • 583,567,69,2295齋・山國兵部の隊及び田丸稻之衞門・藤田小四郎の筑波勢を始め、潮來勢等の同志
  • 703,565,73,2292徳が幕府の軍營に到り、今は又榊原新左衞門等が幕軍に投降したので、武田耕雲
  • 1281,563,72,2286降つて心情を述ぶべしと陰に慫慂する處があつた。かくて十月二十三日に至
  • 1394,559,75,2294等の深く同情する所であつた。よつて銀次郎等は新左衞門に對し、早く幕軍に
  • 1750,632,71,2216榊原新左衞門は、那珂湊に屯集してゐる諸兵を統べてゐたが、素より幕軍に抗
  • 462,570,71,2082八百餘名は、一先づ此の地を去ることに決し、大宮を經て二十五日大子村
  • 1515,566,70,1813つに至つたのである。この事情は水戸にある家老戸田銀次郎
  • 1049,629,72,2222是より先那珂湊攻撃軍には日々に諸藩兵が加はり、軍容は整へられ、其の勢力
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  • 337,568,71,2295至つて軍議を開いた。其の結果、心情を當時在京中の禁裏御守衞總督一橋慶喜
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