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二慶喜・慶永の就任と幕政改革の議, 意と、非常なる努力とを必要としたことは、敢て言を俟たなかつたのである。, の後幕議は因循に流れて百事停頓するに至つたので、慶永は七月二十五日、長文, 永の兩人を宿所に招いて、幕政改革十一箇條を達した中に、兩人の補任以來、未だ, 治績の擧らざるは、閣老に掣肘せられる爲にあらずやとの一箇條を擧げてゐる, るを常としたが、其の重大事に至つては、多く祕して語らず、將軍後見職・政事總裁, のも、斯かる事情を語るものに外ならなかつた。されば慶喜・慶永の前途には猶, 職と云ふも、唯虚名を擁するに過ぎなかつた。七月二十三日、大原勅使が慶喜・慶, 幾多の難關が横たはつてゐて、此の困難な政局を擔當して行くには、重大なる決, くの如きものがあつたから、閣老等は、幕政の些事に關しては之を兩人に謀議す, 幕府は既に六月朔日を以て、將軍家茂の上洛を天下に公布したにも拘らず、其, ることが出來るであらう。慶喜・慶永の登用にして、幕府の意圖する所は、既に斯, 己を辯護し、且つ豫て懸念してゐた譜代大名等の思惑にも意を拂つたものと見, 第二章幕政の改革第一節將軍後見職・政事總裁職の設置, 一四三
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- 第二章幕政の改革第一節將軍後見職・政事總裁職の設置
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- 一四三
注記 (15)
- 573,974,59,1057二慶喜・慶永の就任と幕政改革の議
- 807,556,64,2182意と、非常なる努力とを必要としたことは、敢て言を俟たなかつたのである。
- 323,563,60,2297の後幕議は因循に流れて百事停頓するに至つたので、慶永は七月二十五日、長文
- 1283,557,66,2303永の兩人を宿所に招いて、幕政改革十一箇條を達した中に、兩人の補任以來、未だ
- 1166,556,66,2297治績の擧らざるは、閣老に掣肘せられる爲にあらずやとの一箇條を擧げてゐる
- 1520,558,66,2305るを常としたが、其の重大事に至つては、多く祕して語らず、將軍後見職・政事總裁
- 1050,562,66,2300のも、斯かる事情を語るものに外ならなかつた。されば慶喜・慶永の前途には猶
- 1401,559,68,2301職と云ふも、唯虚名を擁するに過ぎなかつた。七月二十三日、大原勅使が慶喜・慶
- 924,555,67,2306幾多の難關が横たはつてゐて、此の困難な政局を擔當して行くには、重大なる決
- 1637,556,68,2304くの如きものがあつたから、閣老等は、幕政の些事に關しては之を兩人に謀議す
- 441,626,61,2235幕府は既に六月朔日を以て、將軍家茂の上洛を天下に公布したにも拘らず、其
- 1756,561,66,2299ることが出來るであらう。慶喜・慶永の登用にして、幕府の意圖する所は、既に斯
- 1867,554,69,2302己を辯護し、且つ豫て懸念してゐた譜代大名等の思惑にも意を拂つたものと見
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