『維新史』 維新史 3 p.148

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の用ゐられるものが多く、慶永の主唱せる將軍上洛に關しては、九月七日に至り、, ととなつたのであつた。爾來慶喜・慶永の兩人は相倚り相扶けて、幕政の改革に, 邁進したが、其の後攘夷別勅使の東下を契機とし、開鎖問題に關して兩人の議が, く意を飜して、二十四日より登城し、慶永と倶に幕閣内に重きを爲して、其の意見, 公布する等、弊政の改革は大いに見るべきものがあつた。是に於いて慶喜も漸, ざる今日、幕政の改革は百年河清を俟つに等しいものであるとなし、忍び難きを, 撻して、二十一日には、登城並びに上使・名代の際は一切騎馬として、其の供連を省, 明年二月を以て上洛あるべき旨が公布せられ、兩人は之が隨行を命ぜられるこ, 忍んで、自ら難局に膺らんとし、百方閣老等を説得して、翌十七日遂に慶喜の發議, の如く進獻物全廢のことを決せしめたのであつた。爾後慶永は盆〻閣老等を鞭, 略することを約束し、翌二十二日には、參勤・進獻・禮登城・衣服・從者の制度改革令を, 幕議の因循なるを快からず思つてゐたが、己れ亦職を退いては、慶喜も亦登城せ, 一時對立し、幕閣の動搖するに至つたことに就いては、章を改めて説くであらう, 期日の決, 將軍上洛, 定, 第十編朝權の確立, 一四八

頭注

  • 期日の決
  • 將軍上洛

  • 第十編朝權の確立

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  • 一四八

注記 (18)

  • 799,571,61,2320の用ゐられるものが多く、慶永の主唱せる將軍上洛に關しては、九月七日に至り、
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