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伺つた。其の文に云ふ, しく江戸に歸つたのである。, いやうにと警告したのである、, 幕府は、松前崇廣等を西上せしめると共に、大目付大久保忠宣, 窺度奉存候、, の朝命を拜して歸府したのである。立花種恭は二十二日京都に至り、尋いで二, 大之所置ニモ輕重有之事ト奉存候。右ハ如何程ノ思召ニ御座候哉。巨細奉, 長州表所置之儀、諸事寛大ヲ旨トシテ取扱候樣御沙汰御座候趣傳承仕候。寛, 寛大を旨として取扱ふべしと御沙汰在らせられた事は無いと答へられた。是, に於いて崇廣は、使を征長總督の許に遣し、長州藩に對する措置が寛大に過ぎな, 條齊敬に〓し、慶喜東下の允許を請うたが、齊敬は之を〓けた。爲に種恭も亦〓, と。朝廷は之に對し、士氣を勵まし諸軍一途に畫力すべしと仰せ出されたれど, 松前崇廣は、其の滯京の間に、書を朝廷に上り、長州藩處分に就いての御内意を, 等より將軍の上洛を促され、遂には將軍上洛督促, 齊敬・京都守護職松平容保, ・目付山口直, 窺度奉存候。(督府征長紀事), (督府征長紀事), 紀伊, 肥後, 守, 守, 景廣長州, 藩處分の, 同ふ, 御内意を, 第三章長州藩の恭順謝罪第三節征長軍撤退當時の情勢, 一九九
割注
- 紀伊
- 肥後
- 守
頭注
- 景廣長州
- 藩處分の
- 同ふ
- 御内意を
柱
- 第三章長州藩の恭順謝罪第三節征長軍撤退當時の情勢
ノンブル
- 一九九
注記 (28)
- 1314,573,54,654伺つた。其の文に云ふ
- 1546,574,55,807しく江戸に歸つたのである。
- 494,584,53,859いやうにと警告したのである、
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- 1775,575,71,2266の朝命を拜して歸府したのである。立花種恭は二十二日京都に至り、尋いで二
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