『維新史』 維新史 4 p.318

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して東上、同三年三月十一日横濱に著した。, 國に許可するに至つたので、, 軍は上洛中なれば、使節來朝の節は暫く長崎に滯留すべき事を求めた。仍つて, 瑞西使節ウンべールは此の要請に從ひ、同地に滯留する事二旬の後、蘭船に便乘, に依り、幕府は五國條約中より兩都兩港開市開港の條を除ける新通商條約を同, ルを特派公使に任命した。一行は同年本國を出發し、翌文久三年二月二十二日, 西使節の明春長崎に來航すべきを告げた際、幕府は之に返書して、恰も其の頃將, して江戸に在らず、攘夷の氣勢は都鄙に熾烈にして、前約ありとはいへ、新締約の, すべき旨を通告した。此の通告に接した瑞西政府は、文久二年エーメ、ウンベー, 領事デ、ヴィットを介し、瑞西政府に同國使節渡來の上は普國同樣の條約を締結, 長崎に來著した。是より先、文久二年十二月十三日蘭國總領事デ、ヴイットが瑞, 然るに、前述の如く翌萬延元年七月に至り、普魯西使節オイレンブルグの來朝, 次いで瑞西使節は締約談判の爲江戸に入らんとしたが、當時將軍家茂は上洛, 前約に基き、萬延元年十一月晦日蘭國總, 事は幕府の容易に決行し難い所であつた。されば幕府は將軍の不在を理由に, 第二卷第八編第, 二章第三節參照, 幕府の態, の締結, 日普條約, 瑞西使節, ウンベー, ルの來朝, 度, 第十四編外交の轉機, 三一八

割注

  • 第二卷第八編第
  • 二章第三節參照

頭注

  • 幕府の態
  • の締結
  • 日普條約
  • 瑞西使節
  • ウンベー
  • ルの來朝

  • 第十四編外交の轉機

ノンブル

  • 三一八

注記 (26)

  • 582,582,55,1212して東上、同三年三月十一日横濱に著した。
  • 1508,574,57,804國に許可するに至つたので、
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