『維新史』 維新史 4 p.385

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一藏の手によつて成つたものと言はれる。, し、尋いで在京の小松帶刀, 日所司代松平定敬を召して、五卿及び長州藩主の江戸召致は暫く之を止め、又參, せられ、三月十四日本莊宗秀に參内を命じ、朝旨を授けて東歸を命ぜられた。斯, くて宗秀は翌日京都を發して、歸府の途に就いたのである。然るに幕府は、三月, 江戸召致を中止すべき事等を幕府に命ぜられ度いと要請した。朝廷は三月二, し、暫く是を幕府に傳達する事を止めんとし、慶喜・定敬等と協議し、先に兵を率ゐ, て大坂に下つた本莊宗秀を歸府せしめ、内々此の朝旨を幕府に傳達するにより、, 勤交代の儀は文久二年の令に復すべきことを命ぜられた。其の文辭は、大久保, 御沙汰書傳達の停止あらんことを奏請した。朝廷に於いては此の議を容れさ, 二十九日諸藩主に令して、長州藩主父子が江戸召致の命を拒む際には、將軍が直, 大臣近衞忠房等に入説し、長州藩を寛典に處すべき事、五卿及び長州藩主父子の, 。岩下佐次右衞門, 松平容保は、朝廷が薩州藩の入説を容れてかかる御沙汰書を賜つた事を憂慮, と共に朝彦親王・關白二條齊敬・内, を牽制し、以て國是を一定せん事を圖るに至つた。斯くて一藏は二月七日入京, 廉, 清, 平, 方, の東歸, 本莊宗秀, 第一章將軍の進發第一節長州藩處分と幕府の態度, 三八五

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  • の東歸
  • 本莊宗秀

  • 第一章將軍の進發第一節長州藩處分と幕府の態度

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  • 三八五

注記 (24)

  • 1141,591,72,1204一藏の手によつて成つたものと言はれる。
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