『維新史』 維新史 4 p.563

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還し、事は全く畫餅に歸した。, ので、慶喜は昭武・一履等を派遣して、幕府の權威を中外に宣明すると共に、佛國と, 得た。斯くの如く薩州藩等の行爲は著しく幕府の權威を沮害する所があつた, ・長州藩士木戸貫治及び勝義邦, 反佛的傾向を帶びて、使命の達成に不適當となつたので、同年六月幕府は更に親, 佛派の巨頭栗本鯤を派遣するに至つた。同年八月鰛は巴里に赴き、エラール及, 察を命じたが、時機未だ熟せずして實現を見るに至らなかつた。次いで勝靜本, 朝鮮經略の志を懷き、松山, 派遣の計畫であつた。是より先、對州藩士大島友之允, の交誼を更に厚うせんと欲したのである。然るに向山一履等は渡佛後著しく, 慶應二年の初め、早くも薩摩太守・琉球王の出品物陳列場として特別の一區劃を, びカション等を使役して、畫策大いに努めたが、幾許もなく、將軍慶喜は大政を奉, に朝鮮經略に就いて意見を陳述した。勝靜は之に贊し、義邦に對州渡航・朝鮮偵, 藩士山田方谷, と議する所があつた。文久三年五月義邦は大坂城に於いて老中板倉勝靜, 更に慶喜在任中の對外施設として注目すべきは、外國奉行平山敬忠等の朝鮮, は對州防備の見地より, 安五, 郎、後, 安房守, 朝, 郎, 備, 麟, 中, 太, 正, 派遣, 平山敬忠, 等の朝鮮, 第一章徳川慶喜の將軍襲職第二節庶或の改革, 五六三

割注

  • 安五
  • 郎、後
  • 安房守

頭注

  • 派遣
  • 平山敬忠
  • 等の朝鮮

  • 第一章徳川慶喜の將軍襲職第二節庶或の改革

ノンブル

  • 五六三

注記 (32)

  • 1080,577,60,811還し、事は全く畫餅に歸した。
  • 1658,584,76,2272ので、慶喜は昭武・一履等を派遣して、幕府の權威を中外に宣明すると共に、佛國と
  • 1773,574,77,2276得た。斯くの如く薩州藩等の行爲は著しく幕府の權威を沮害する所があつた
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  • 1311,576,79,2284佛派の巨頭栗本鯤を派遣するに至つた。同年八月鰛は巴里に赴き、エラール及
  • 356,583,76,2278察を命じたが、時機未だ熟せずして實現を見るに至らなかつた。次いで勝靜本
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