『維新史』 維新史 4 p.595

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と承つて、國民は齊しく憂愁に包まれたのである。, 十二月十一日に内侍所臨時御神樂が行はせられた折、少しく御風邪の御樣子に, と、容易ならざる御容體に拜診したのであつた。, 瘡と御診斷申上げ、御容體は武家傳奏に附して次の如く發表せられた。, 能日記)多事多端な御政務に御精勵あらせられることは、誠に畏き極みであつた。, つた。其の後御高熱が續かせられて、夜分御寢もあらせられず、供御も召し上ら, 在らせられたにも拘らず押して出御あらせられた。その翌日御不快に渡らせ, られたので、高階典藥少允が拜診し、尋いで十四日には山本典藥大允が拜診し奉, 斯くて十六日夕刻に至つて御痘瘡の趣分明となり、十七日醫官等一同は御痘, も將に暮れんとする十二月半ば、天皇におかせられては御不例に在らせられる, ず、只々御譫語を仰せられて御苦惱遊ばされた。山本典藥大允は、, 天皇には近年御壯健に渡らせられて「御風邪抔一向御用心も不被爲遊」(中山忠, 長州再征の兵未だ收まらず、兵庫開港の問題も未解決に殘れるまま、慶應二年, 御輕症と不被伺、乍内々御痘或陰症疫御熱之樣伺。(中山忠能日記), 御痘瘡御, 天皇御發, 治定, 熱, 第二章孝明天皇の崩御と明治天皇の踐祚, 第三節孝明天皇の, 〓孝明天, 五九五, 〓三節

頭注

  • 御痘瘡御
  • 天皇御發
  • 治定

  • 第二章孝明天皇の崩御と明治天皇の踐祚
  • 第三節孝明天皇の
  • 〓孝明天

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  • 五九五
  • 〓三節

注記 (23)

  • 1651,588,57,1423と承つて、國民は齊しく憂愁に包まれたのである。
  • 1302,587,65,2271十二月十一日に内侍所臨時御神樂が行はせられた折、少しく御風邪の御樣子に
  • 592,587,56,1350と、容易ならざる御容體に拜診したのであつた。
  • 348,583,63,2032瘡と御診斷申上げ、御容體は武家傳奏に附して次の如く發表せられた。
  • 1419,579,65,2301能日記)多事多端な御政務に御精勵あらせられることは、誠に畏き極みであつた。
  • 956,589,59,2271つた。其の後御高熱が續かせられて、夜分御寢もあらせられず、供御も召し上ら
  • 1190,583,62,2274在らせられたにも拘らず押して出御あらせられた。その翌日御不快に渡らせ
  • 1075,582,62,2282られたので、高階典藥少允が拜診し、尋いで十四日には山本典藥大允が拜診し奉
  • 469,646,63,2214斯くて十六日夕刻に至つて御痘瘡の趣分明となり、十七日醫官等一同は御痘
  • 1763,585,62,2272も將に暮れんとする十二月半ば、天皇におかせられては御不例に在らせられる
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  • 1534,654,62,2213天皇には近年御壯健に渡らせられて「御風邪抔一向御用心も不被爲遊」(中山忠
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