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二天皇の崩御, 中山慶子, 天皇の御惱は痘瘡の初期を過させられて愈〻其の成熟期に入り給うた。朝臣, 順當の御症状と拜診して、御治療に丹精を凝らしたのであつた。, 等は玉體の近年盆〻御壯健に渡らせ給ひ、寶算も未だ不惑を越え給はぬこととて、, 此の後も同じく御順當に過ごさせ給ふ御運の程とこそ信ずれ、大事に至らせ給, て、人々は恐懼憂悶に堪へない有樣であつた。中山忠能は日記に其の女、前典侍, 一慶子へ以状伺御容體之處、未剋返事來。昨夜ヨリ御大便度々御通し、御容體, ふとは、誰か思ひまゐらせたであらう。然るに二十四日に至つて、御變調を拜し, と述べてゐる。即ち二十三日頃までは所謂痘瘡の初期の御經過で、醫官等も御, (御痘瘡之記), 廿五日丙戌雨, 藤木典藥權助以下連名, の來状を書留めて、, 十二月廿四日, 十二月廿四日藤木典藥權助以下連名, 王御生母, 皇儲睦仁親, 天皇大漸, 第二章孝明天皇の崩御と明治天皇の踐祚第三節孝明天皇の崩御, 五九九
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- 王御生母
- 皇儲睦仁親
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- 天皇大漸
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- 第二章孝明天皇の崩御と明治天皇の踐祚第三節孝明天皇の崩御
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- 五九九
注記 (21)
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- 1079,548,58,2295等は玉體の近年盆〻御壯健に渡らせ給ひ、寶算も未だ不惑を越え給はぬこととて、
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