『維新史』 維新史 1 p.62

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に増進したのである。貞享四年、靈元天皇第四皇子朝仁親王, かつたのを、綱吉が用度を獻じて再興申し上げたのである。此の時の儀式は後, 十七日、辰日節會・豐明節會等を兼ねて節會が行はせられたが、只、辰巳節會、清〓堂, 給ふことを奏請し、朝廷に於いて同年八月大嘗會國郡及び檢校行事定の儀を始, 尋いで元祿七年四月には、祭田七百石を寄進して賀茂祭の再興を計つた。賀茂, 年櫻町天皇の元文三年に行はせられた大嘗會の如く、古制の完備した盛〇では, 竢たないが、後土御門天皇の文正元年以來二百二十餘年間絶えて行はせられな, づけられ、本院・新院の御幸・御遊の場所に當てさせられた。更に大嘗會を再興し, 神宴・御遊等は省略せられた。大嘗會が御一代一度の大典であることは言ふを, なかつたが、かかる大典の再興せられたのは洵に慶事として特筆すべきである。, となれる後西上皇の仙洞敷地を、更めて進獻し、此所に園囿を設けて凝華洞と名, として、荒見河〓・由奉幣と、相次いで古制が執行せられ、同十一月十六日大嘗會、翌, や、綱吉は仙洞, 御料として七千石を進獻し奉り、又明地, 御料の外に新院, 祭即ち葵祭は、欽明天皇の御宇に始まり京都第一の祭禮であつたが、應仁元年以, の踐祚し給ふ, 東山, 天皇, 上皇, 靈元, 上皇, 明正, 第一編尊王論の發達, 六二

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  • 東山
  • 天皇
  • 上皇
  • 靈元
  • 明正

  • 第一編尊王論の發達

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  • 六二

注記 (25)

  • 1707,603,60,1714に増進したのである。貞享四年、靈元天皇第四皇子朝仁親王
  • 698,596,63,2259かつたのを、綱吉が用度を獻じて再興申し上げたのである。此の時の儀式は後
  • 1034,597,65,2260十七日、辰日節會・豐明節會等を兼ねて節會が行はせられたが、只、辰巳節會、清〓堂
  • 1255,586,64,2269給ふことを奏請し、朝廷に於いて同年八月大嘗會國郡及び檢校行事定の儀を始
  • 352,586,64,2264尋いで元祿七年四月には、祭田七百石を寄進して賀茂祭の再興を計つた。賀茂
  • 584,589,65,2265年櫻町天皇の元文三年に行はせられた大嘗會の如く、古制の完備した盛〇では
  • 814,593,66,2259竢たないが、後土御門天皇の文正元年以來二百二十餘年間絶えて行はせられな
  • 1365,591,63,2264づけられ、本院・新院の御幸・御遊の場所に當てさせられた。更に大嘗會を再興し
  • 926,593,64,2261神宴・御遊等は省略せられた。大嘗會が御一代一度の大典であることは言ふを
  • 466,594,65,2271なかつたが、かかる大典の再興せられたのは洵に慶事として特筆すべきである。
  • 1474,594,63,2262となれる後西上皇の仙洞敷地を、更めて進獻し、此所に園囿を設けて凝華洞と名
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