『維新史』 維新史 4 p.651

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の御許に屆けられた。親王は之を御覽になり、其の不當を難じて、直ちに却下す, したる後、更に周旋の機會もあらんと、切りに慶永の滯京を冀望したが、慶永は遂, 派の公卿は、幕府は兵庫開港、長州處分の二事を並び行ふべしと奏請しながら、開, 既に述べた四藩連署の伺書は、五月二十八日に至つて鷹司輔熙より朝彦親王, に承諾しなかつた。併し慶永が未だ出發せざるに先立ちて、六月二十七日鍋島, べしと仰せ出され、其の御態度は頗る強硬であつた。併し乍ら廟堂にある急進, 港勅許の事のみは直ちに天下に之を布告して、著々其の準備を爲せるに反し、長, 定せんとしてゐたので、今慶永のみ歸國して薩州・字和島の兩侯が其の儘滯京す, ることは好まざる所であつた。而して薩州・宇和島兩藩も亦慶勝・齊正等が建言, 二藝州・尾州・佐賀三藩の建言, しと諭した。即ち幕府は近く前佐賀藩主鍋島齊正, 州藩主徳川慶勝よりも意見を言上する由なれば、其の後に於いて長州處分を決, 齊正が上京したのであつた。, が上京の筈であり、又前尾, 曳, 閑, 廟議紛糾, 第三章兵庫開港と長〓處分問題第二節長州處八, 六五一

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  • 廟議紛糾

  • 第三章兵庫開港と長〓處分問題第二節長州處八

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  • 六五一

注記 (19)

  • 702,582,58,2269の御許に屆けられた。親王は之を御覽になり、其の不當を難じて、直ちに却下す
  • 1403,573,58,2276したる後、更に周旋の機會もあらんと、切りに慶永の滯京を冀望したが、慶永は遂
  • 469,576,58,2276派の公卿は、幕府は兵庫開港、長州處分の二事を並び行ふべしと奏請しながら、開
  • 818,643,60,2206既に述べた四藩連署の伺書は、五月二十八日に至つて鷹司輔熙より朝彦親王
  • 1287,577,58,2273に承諾しなかつた。併し慶永が未だ出發せざるに先立ちて、六月二十七日鍋島
  • 585,584,59,2266べしと仰せ出され、其の御態度は頗る強硬であつた。併し乍ら廟堂にある急進
  • 350,576,59,2277港勅許の事のみは直ちに天下に之を布告して、著々其の準備を爲せるに反し、長
  • 1636,571,58,2283定せんとしてゐたので、今慶永のみ歸國して薩州・字和島の兩侯が其の儘滯京す
  • 1520,576,57,2272ることは好まざる所であつた。而して薩州・宇和島兩藩も亦慶勝・齊正等が建言
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