『維新史』 維新史 4 p.401

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を奏上した。朝彦親王は其の御日記に、慶喜等奏上の趣旨を次の如く記されて, えず、幕閣の要路は豫ての希望も漸く空頼みたるを覺え、斯くて徒らに日を曠し, したる後、處分策を決せんとした。將軍が既に大兵を率ゐて大坂に滯陣せるに、, 幕府が猶かかる迂遠の策を採らんとした事を觀れば、幕閣の要路が如何に武力, 關藩一致して必戰を覺悟し、專ら武備の充實を計り、士氣は盆〻振ひ、其の意氣當る, を以て長州藩を壓伏せんとするの決意を缺いてゐたかを窺ふ事が出來るので, うすべからずとなし、遂に幕議を決して、長州支藩主等を大坂に召致し、之を訊問, に此の年暑熱甚しく、爲に病死ずる者が少くなかつた。此の時に當り、長州藩は, べからざるものがあつた。, 將軍が江戸を進發してより既に二箇月を經過するも、長州藩に降伏の色も見, した。尋いで十七日慶喜・正外・容保等は與に參内し、長州藩處分に就いての幕議, ある。, 六月十四日一橋慶喜及び老中阿部正外は京都に歸り、翌日松平容保も亦歸京, に打〓を行つて僅かに士氣を勵ましたが、駐屯の將兵等は無聊に苦しみ、加ふる, を上坂せ, 支藩主等, しめんと, 幕府の奏, 幕府長州, {上十, 第一章將軍の進發第三節長州再征の勅許, 四〇一

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  • を上坂せ
  • 支藩主等
  • しめんと
  • 幕府の奏
  • 幕府長州
  • {上十

  • 第一章將軍の進發第三節長州再征の勅許

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  • 四〇一

注記 (22)

  • 332,583,59,2277を奏上した。朝彦親王は其の御日記に、慶喜等奏上の趣旨を次の如く記されて
  • 1274,586,57,2277えず、幕閣の要路は豫ての希望も漸く空頼みたるを覺え、斯くて徒らに日を曠し
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