『維新史』 維新史 3 p.669

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州處分の如きは、己の意の儘に行ひ得ると考へてゐたのである。, を排斥せられた事を快からず思ひ、「一宮・二藩の大奸」「陰謀の宮」等と稱した。而し, が、京都に於いては、此の外朝彦親王に關する浮説が起り、夫が次第に流布するに, て文久三年十月黒田慶贊が、上京の途次長州藩を過ぎつた時、七卿及び長州藩士, 等は慶贊に、朝政囘復・長州藩父子寛典の周旋を依囑した。此の頃三田尻邊に於, いて、天皇が密かに三條實美に密旨を傳へ給ひ、政務を御委任遊ばさるる思召で, と記し、長州處分問題の憂慮すべきを告げた。在府の幕閣首腦者は依然として, 横濱鎖港・長州藩處分の二問題が、政變後の政局に於ける當面の案件であつた, に對する讒誣が流布せられ、親王に〓立の志があるといひ、又咒〓・鳩毒等の密計, 及んで、一時政局を動かすに至つた。尊攘派は、親王が薩會二藩と協力して一黨, 在京中の一橋慶喜を猜疑し、又幕威を張る事にのみ汲々とし、世局を認識せず、長, あると告げ給うたと言ふ流言が行はれた。黒田慶贊の入京するや、此の流言は, 京都にも傳はり、果は叡慮を疑ひ奉る者もあつた。かかる流言と共に、朝彦親王, (岡山池田家書類), 浮説, 朝彦親王, に對する, 幕閣の態, 〓, 第十二編公武合體運動の進展, 六七〇

頭注

  • 浮説
  • 朝彦親王
  • に對する
  • 幕閣の態

  • 第十二編公武合體運動の進展

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  • 六七〇

注記 (21)

  • 1398,570,62,1839州處分の如きは、己の意の儘に行ひ得ると考へてゐたのである。
  • 926,565,64,2300を排斥せられた事を快からず思ひ、「一宮・二藩の大奸」「陰謀の宮」等と稱した。而し
  • 1160,565,66,2299が、京都に於いては、此の外朝彦親王に關する浮説が起り、夫が次第に流布するに
  • 807,566,66,2299て文久三年十月黒田慶贊が、上京の途次長州藩を過ぎつた時、七卿及び長州藩士
  • 690,561,66,2305等は慶贊に、朝政囘復・長州藩父子寛典の周旋を依囑した。此の頃三田尻邊に於
  • 572,567,65,2293いて、天皇が密かに三條實美に密旨を傳へ給ひ、政務を御委任遊ばさるる思召で
  • 1631,570,66,2298と記し、長州處分問題の憂慮すべきを告げた。在府の幕閣首腦者は依然として
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