『維新史』 維新史 4 p.658

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十五日、伊達宗城は同月十八日孰れも京都を發して藩地に向つた。, なく、歸藩の意を決したのである。, 信は五月二十七日歸藩の途に就き、尋いで松平慶永は八月六日、島津久光は同月, た。而して四藩に於いても意見の行はれざるを見て不滿に堪へず、既に山内豐, 同論であるから、兵庫開港のことは先帝が止め置かれしことではあるが、今已む, 侯連名の書を却下した。別に武家傳奏日野資宗は、開鎖の歸著は幕府も四藩も, の議、早々寛大の處置に取計らふべき旨御所より仰せ出されたるに付、申達すべ, を得ず御差許になりたるもので、四藩言上の如く、長州處分と兵庫開港との順序, 汰書に對し、再度に亙つて伺書を上るが如き態度を見て、危懼の念を抱くに至つ, 内命して、五月二十四日の朝旨を傳へしめ、七月二十三日又藝州藩に命じて、長防, 是より先、幕府は藝州藩が長州藩歎願書提出の周旋を固辭するや、津和野藩に, きことあれば、支藩の中一人、吉川經幹並びに家老一人上坂すべしと傳へしめた。, 幕府は豫てより四侯の上京を悦ばず、殊に薩州・宇和島兩藩が朝廷よりの御沙, 遲速を論ずる場合にあらずとの命を二侯に傳へた。久光・宗城は、今は爲す術も, 態度, 度一變, 四侯の歸, 長州藩の, 幕府の態, 藩, 第十六編王政復古の氣運, 六五八

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  • 態度
  • 度一變
  • 四侯の歸
  • 長州藩の
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  • 第十六編王政復古の氣運

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  • 六五八

注記 (22)

  • 694,586,68,1891十五日、伊達宗城は同月十八日孰れも京都を發して藩地に向つた。
  • 1280,590,57,941なく、歸藩の意を決したのである。
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