『維新史』 維新史 4 p.659

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つた。恰も久光は京都に於いて其の志を得ず、斷然討幕の師を起さんとして、密, かに款を長州藩に通じ、茲に薩長二藩連合して擧兵の計畫を進めるに至つた。, る處置をとり、問題が圓滿に解決することは、却つて長州藩士の嫌忌する所であ, 斯かる折しも八月二十日藝州藩使者は山口に來り、支藩以下の人々を召すの幕, 藩は使者を藝州藩に遣し、三支藩主並びに吉川經幹は共に皆病ありて、召に應じ, 方に向はば、直ちに命に趨くべし、されど若し名代にても差支なくば、差圖次第上, 坂せしむべしと告げしめた。藝州藩は之を幕府に通じたが、幕府は重ねて支藩, 難ければ、家老一人旅裝の成るを待つて先づ發せしめんとす、三支藩主・經幹は快, 命を傳へた。長州藩は之を機として薩州・藝州二藩と議し、三藩の〓盟軍を組織, 主・經幹等病癒えば、家老と共に大坂表へ罷出づべしと命じた。然るに其の上坂, し、長州藩家老上坂の際、討幕の軍を興す計畫を立てた。依つて九月十九日長州, を修めて士氣の振興を圖り、外は薩州・土州・因州・備前・藝州・津和野等の諸藩に使者, を出して親交を結び、或は小倉藩との舊交を復せんとした。即ち幕府が寛大な, 然るに長州藩に於いては當時既に幕府と雌雄を決するの決意を固め、内は戰備, 薩長藝同, 盟, 第三章兵庫開港と長州處分問題第二節長州處分, 六五九

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  • 薩長藝同

  • 第三章兵庫開港と長州處分問題第二節長州處分

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  • 六五九

注記 (18)

  • 1412,580,58,2263つた。恰も久光は京都に於いて其の志を得ず、斷然討幕の師を起さんとして、密
  • 1298,576,58,2225かに款を長州藩に通じ、茲に薩長二藩連合して擧兵の計畫を進めるに至つた。
  • 1528,580,58,2261る處置をとり、問題が圓滿に解決することは、却つて長州藩士の嫌忌する所であ
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