『維新史』 維新史 5 p.51

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奏聞し、翌晦日同じく之を幕府に上申したのである。, に從ひ、書を朝廷に上り、長州藩兵は同藩の末家等召致中止の幕命が達するに, と爲し、杉孫七郎を其の參謀と爲し、藩兵約千三百名を進めて尾道に駐屯せし, を本營と爲し、尋いで長州藩兵は西宮に進駐した。是に於いて藝州藩は前約, り、上國の風雲を望みて起たんとするに至つたのである。, 先だちて出發し、領内御手洗港に至れるを以て、已むを得ず西宮に誘導せりと, めた。斯くて長州藩兵は、今や一部は攝津西宮に待機し、他は備後尾道に駐ま, 斯く長州藩は海路より主力を上國に進發せしめたが、又豫定の計畫に基き、, 洲藩兵が頗る友好的態度を示したので、長州藩兵は平穩裡に上陸して親王寺, 更に藩兵を山陽道に進駐せしめんとし、十一月二十一日藩士堅田大和を總督, 藩の兵船を誘導して攝津打出濱に到著したのである。而して同地守備の大, の尾道進, 長州藩兵, 駐, 第一章大政奉還後の政局第四節討幕派の畫策, 五一

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  • の尾道進
  • 長州藩兵

  • 第一章大政奉還後の政局第四節討幕派の畫策

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  • 五一

注記 (16)

  • 1260,561,57,1558奏聞し、翌晦日同じく之を幕府に上申したのである。
  • 1486,559,62,2314に從ひ、書を朝廷に上り、長州藩兵は同藩の末家等召致中止の幕命が達するに
  • 910,561,72,2318と爲し、杉孫七郎を其の參謀と爲し、藩兵約千三百名を進めて尾道に駐屯せし
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  • 679,569,67,1693り、上國の風雲を望みて起たんとするに至つたのである。
  • 1375,558,62,2321先だちて出發し、領内御手洗港に至れるを以て、已むを得ず西宮に誘導せりと
  • 793,563,75,2319めた。斯くて長州藩兵は、今や一部は攝津西宮に待機し、他は備後尾道に駐ま
  • 1148,631,66,2260斯く長州藩は海路より主力を上國に進發せしめたが、又豫定の計畫に基き、
  • 1717,552,66,2326洲藩兵が頗る友好的態度を示したので、長州藩兵は平穩裡に上陸して親王寺
  • 1027,561,72,2321更に藩兵を山陽道に進駐せしめんとし、十一月二十一日藩士堅田大和を總督
  • 1834,555,60,2317藩の兵船を誘導して攝津打出濱に到著したのである。而して同地守備の大
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