『維新史』 維新史 5 p.84

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も洋式調練天覽の盛擧は行はれ、陪觀の朝臣は深く其の軍威に信頼し、光榮の, 誓ふに至つたのである。, 百餘人・同大砲隊一大隊、長州藩兵四百餘人、藝州藩兵六十餘人、土州藩兵四十餘, 人の調練を叡覽あらせられ、畢るや四藩の重臣を召して酒二十樽・白銀二百枚, を變し給へるのを擧げ得るのみである。而も共に馬揃であつて、舊式の練兵, ふことは、王朝の盛時に於いてすら其の例乏しく、武家時代に及んでは絶えて, を下賜あらせられ、諸兵の勞を犒はせ給うた。惟ふに、天皇親しく兵を閲し給, に過ぎなかつた。王政復古の大號令が渙發せられて幾ばくならざるに、早く, 四藩將士亦歡喜して其の面目を喜び、共に維新の皇謨を翼贊せんことを固く, 斯くて翌二十七日、天皇に於かせられては建春門に出御あり、薩州藩兵千五, の馬揃を叡覽あらせられ、越えて八月五日、會津・因州・阿州・米澤・備前五藩の馬揃, 無く、纔かに文久三年七月晦日、孝明天皇建春門外に出御ましまして、會津藩兵, 長州藩兵の入京に續いて、太宰府西竄中の元權中納言三條實美等も亦歸洛, した。即ち十二月十一日、大山彌助・西郷信吾は薩藩の軍艦春日丸に乘じて大, 至りて朝, 太宰府に, 西郷信吾, 旨を傳宣, 大山彌助, 四藩兵の, 調練天覽, 薩長藝土, す, 第十八編王政復古大號令の渙發, 八四

頭注

  • 至りて朝
  • 太宰府に
  • 西郷信吾
  • 旨を傳宣
  • 大山彌助
  • 四藩兵の
  • 調練天覽
  • 薩長藝土

  • 第十八編王政復古大號令の渙發

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  • 八四

注記 (25)

  • 699,543,67,2321も洋式調練天覽の盛擧は行はれ、陪觀の朝臣は深く其の軍威に信頼し、光榮の
  • 482,542,56,705誓ふに至つたのである。
  • 1614,554,77,2322百餘人・同大砲隊一大隊、長州藩兵四百餘人、藝州藩兵六十餘人、土州藩兵四十餘
  • 1494,544,74,2328人の調練を叡覽あらせられ、畢るや四藩の重臣を召して酒二十樽・白銀二百枚
  • 926,546,70,2321を變し給へるのを擧げ得るのみである。而も共に馬揃であつて、舊式の練兵
  • 1266,557,70,2308ふことは、王朝の盛時に於いてすら其の例乏しく、武家時代に及んでは絶えて
  • 1380,546,72,2329を下賜あらせられ、諸兵の勞を犒はせ給うた。惟ふに、天皇親しく兵を閲し給
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