『維新史』 維新史 5 p.167

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ある。, 梁は熊本・因州・彦根・備前・膳所・龜山, 藩討伐の準備を整へ、十八日大津を發して征途に就き、二十二日軍を四日市, 東海道鎭撫總督と爲し、參與助役柳原前光を同副總督と爲された。實梁・前光, 廷は實梁に令して、進んで桑名藩を討伐すべきことを命ぜられた。仍つて實, ある。實梁は之を容れ、定教を法泉寺, は熊本藩兵を隨へて即日京都を發し、大津に至つて滯陣した。尋いで九日朝, 十八日、刃に衂らずして桑名城を收めたのであつた。, 西園寺公望の山陰道鎭撫總督任命に續いて、正月五日には參與橋本實梁を, 罪の遁れ難きを覺り、闇藩恭順の態度を示し、又〓りに尾州藩・龜山, に進めた。是より先桑名藩の老臣松平帶刀等は、官軍の進發を聞くや、自藩の, に幽して後命を俟たしめ、尋いで二, を東山道鎭撫總督に、具定の弟具經, つて、寛典に處せられんことを歎願し、遂に二十三日夜には、藩主松平定敬の義, 又正月九日には、從五位下岩倉具定, ・水口・大村・佐土原等九藩の兵を率ゐて、桑名, 弟定教, は老臣と共に四日市の總督府に赴き、罪を謝して降を請うたので, 藩等に頼, 萬之, 四日, 具視, の子, 市, 波, 勢, 勢, 伊, 丹, 助, 伊, 東海道鎭, 東山道鎭, 撫總督, 撫總督北, 第十九編戊辰の役, 一六八

割注

  • 萬之
  • 四日
  • 具視
  • の子

頭注

  • 東海道鎭
  • 東山道鎭
  • 撫總督
  • 撫總督北

  • 第十九編戊辰の役

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  • 一六八

注記 (37)

  • 1728,555,45,135ある。
  • 1141,550,60,971梁は熊本・因州・彦根・備前・膳所・龜山
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