『維新史』 維新史 5 p.659

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くを一大急務と爲すに至つたのである。, を奉還したとは云へ、全國の土地人民が悉く朝廷に復歸したのではなく、未だ, 羅尾織之助, るものがあつたので、鎭撫總督は相前後して諸道に進發したが、何れも途中舊, あれば、此の者に其の管理を命じ、然らざれば隨從の諸藩、又は近傍の諸藩をし, る。明治元年正月鳥羽・伏見の戰が勃發するや、諸侯の向背亦豫知すべからざ, 是に於いて政府は、初めは舊幕府及び其の家臣の領地を、後には戊辰の役に, 王師に抗して沒收した諸藩の領地を以て、其の直轄地に充てんとしたのであ, 幕領若しくは賊徒の所領を隨時收めて、若し舊幕臣にして朝命を奉ずる者が, 底するに至らなかつた。斯くて新政は、當然封建の制を廢して郡縣の制を布, 依然として封建制度が存續してゐた。從つて政府の威令は直ちに全國に徹, て、姑く其の管理に當らしめたのであつた。例へば東海道にあつては、正月十, 一日、鎭撫總督橋本實梁は新に歸順せる大津代官石原清一郎及び信樂代官多, 津附近に在る舊幕領及び會津・桑名二藩の領地を調査せしめた。山陰道鎭撫, をして舊に仍つて其の地を管理せしめ、翌日阿州藩兵をして大, 弼, 光, 諸道鎭撫, 總督の舊, 幕領沒收, 東海道, 山陰道, 第二十二編封建制度の撤廢, 六六二

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  • 諸道鎭撫
  • 總督の舊
  • 幕領沒收
  • 東海道
  • 山陰道

  • 第二十二編封建制度の撤廢

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  • 六六二

注記 (24)

  • 1366,543,58,1201くを一大急務と爲すに至つたのである。
  • 1707,542,64,2321を奉還したとは云へ、全國の土地人民が悉く朝廷に復歸したのではなく、未だ
  • 328,532,58,339羅尾織之助
  • 906,537,60,2327るものがあつたので、鎭撫總督は相前後して諸道に進發したが、何れも途中舊
  • 674,534,62,2330あれば、此の者に其の管理を命じ、然らざれば隨從の諸藩、又は近傍の諸藩をし
  • 1020,539,59,2319る。明治元年正月鳥羽・伏見の戰が勃發するや、諸侯の向背亦豫知すべからざ
  • 1248,610,61,2248是に於いて政府は、初めは舊幕府及び其の家臣の領地を、後には戊辰の役に
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