『維新史』 維新史 5 p.175

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全く成つたのである。, れ官軍は三月十三日板橋に達した。斯くて諸道官軍の江戸城進撃の態勢は, させるを得た。是に於いて近藤勇は、止むなく勝沼に陣して、六日官軍と一戰, 實梁・同副總督柳原前光は、恰も同地に滯陣中であつたので、直ちに登城して親, 賊を急襲し、之を會津方面に潰走せしめた。是より所在の賊兵は皆鎭壓せら, 州・因州二藩の兵を授け、高島藩兵を嚮導として東進せしめ、三月四日無事入城, しようとした。偶〻下野梁田驛には舊幕府の歩兵頭古屋佐久左衞門, 約千八百を率ゐて屯してゐたので、官軍は三月九日早曉、折柄の濃霧を衝いて, を交へたが敗北し、再び關東に遁走した。退助の率ゐる官軍は、それより八王, 屋・岡崎・濱松等を經て、三月五日駿府城に著陣せられた。東海道先鋒總督橋本, 子を經て三月十四日江戸に著し、尋いで十八日市ケ谷尾州藩邸に陣した。, 既にして東征大總督熾仁親王は京都御進發以後、大津・草津・龜山・四日市・名古, 一方東山道先鋒軍の本隊は、路を轉じて碓氷峠を踰え、上野・下野地方を鎭撫, 王に〓し、具さに軍状を奏上した。翌六日、親王は城中に實梁・前光を始め大總, が手兵, 珍, 智, 決定, 江戸城進, 撃の期日, 第十九編戊辰の役, 一七六

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  • 決定
  • 江戸城進
  • 撃の期日

  • 第十九編戊辰の役

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  • 一七六

注記 (22)

  • 692,529,57,633全く成つたのである。
  • 801,529,59,2315れ官軍は三月十三日板橋に達した。斯くて諸道官軍の江戸城進撃の態勢は
  • 1609,529,61,2320させるを得た。是に於いて近藤勇は、止むなく勝沼に陣して、六日官軍と一戰
  • 343,525,68,2321實梁・同副總督柳原前光は、恰も同地に滯陣中であつたので、直ちに登城して親
  • 916,524,61,2322賊を急襲し、之を會津方面に潰走せしめた。是より所在の賊兵は皆鎭壓せら
  • 1729,526,61,2319州・因州二藩の兵を授け、高島藩兵を嚮導として東進せしめ、三月四日無事入城
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  • 1033,521,59,2324約千八百を率ゐて屯してゐたので、官軍は三月九日早曉、折柄の濃霧を衝いて
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