『維新史』 維新史 5 p.171

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總督に、醍醐忠敬を參謀に變へしめられたのである。, 大總督府參謀に、參與加勢穗波經度・從五位上河鰭實文は錦旗奉行に夫々任ぜ, 戒飭せられる所があつた。軍令に云ふ、, 羽鎭撫總督に、右近衞權少將醍醐忠敬は同副總督に夫々任ぜられた。然るに, して受けなかつたので、其の願を允し、改めて參與西郷吉之助・同林玖十郎, られ、津和野藩兵は錦旗の護衞を命ぜられた。然るに兵助は事情により固辭, 王は、十二日軍令及び陸軍法度を東海・東山・北陸三道の先鋒總督に下して、之を, 藩を主力として總數約五萬と稱せられた。是に於いてか、東征大總督熾仁親, り、續々京都を出發して江戸を望んで進軍を開始した。官軍の兵力は、薩長二, 後二十六日に至り、左大臣九條道孝を奧羽鎭撫總督に任ぜられ、澤爲量を同副, を參謀に任ぜられた。尚此の日、議定嘉言親王, 今度聖斷ヲ以テ御親征被仰出候ニ付キテハ、偏ニ蒼生之塗炭ニ陷リ候ヲ被, 庭田重胤・右近衞權中將中山忠愛は海軍參謀に任ぜられ、又正三位澤爲量は奧, 授て新に部署を定められた諸道の官軍は、二月十一日より十二・十三日に亙, は海軍總督に、權大納言, 通顯, 宇和島, 章第一節參照, 第十九編第三, 聖護, 院宮, 藩, 士, 軍令の布, 告, 第十九編戊辰の役, 一七二

割注

  • 通顯
  • 宇和島
  • 章第一節參照
  • 第十九編第三
  • 聖護
  • 院宮

頭注

  • 軍令の布

  • 第十九編戊辰の役

ノンブル

  • 一七二

注記 (27)

  • 903,543,59,1561總督に、醍醐忠敬を參謀に變へしめられたのである。
  • 1712,539,64,2319大總督府參謀に、參與加勢穗波經度・從五位上河鰭實文は錦旗奉行に夫々任ぜ
  • 332,540,57,1203戒飭せられる所があつた。軍令に云ふ、
  • 1131,536,60,2319羽鎭撫總督に、右近衞權少將醍醐忠敬は同副總督に夫々任ぜられた。然るに
  • 1478,537,60,2188して受けなかつたので、其の願を允し、改めて參與西郷吉之助・同林玖十郎
  • 1594,538,60,2328られ、津和野藩兵は錦旗の護衞を命ぜられた。然るに兵助は事情により固辭
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  • 557,535,59,2328藩を主力として總數約五萬と稱せられた。是に於いてか、東征大總督熾仁親
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