『維新史』 維新史 5 p.181

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して自己の辯疏を依頼した。慶永宛の書に曰く、, 此程別紙, 多年禁闕に近侍し奉つて國事に鞅掌したにも拘らず、圖らずも今日の悲境に, 陷つたのは、全く薩長等雄藩の計略に乘ぜられた爲であると思惟した。是に, 力を藉りて、互に干戈を交へたりと假定せば、我が國が支那・印度の覆轍を踏む, 絶した。若し舊幕府が佛國の援助を受け、是に對して薩長等の雄藩が英國の, 態度を變ずることなく、以て列強の内政干渉を未然に防止したのであつた。, 再擧を慫慂した。併し慶喜は我が國情と大義名分とを説いて、言下に之を拒, 斯くの如く慶喜は一意恭順の決意を固めてゐたが、尚當初己が朝敵の汚名, に至りしことは、火を睹るよりも明かであつた。慶喜は之を看破して、恭順の, 於いて正月十七日、慶喜は議定松平慶永・同山内豐信等に書を送つて、朝廷に對, を蒙るに至つた事由に就いて、内心慊焉たらざる情を懷いてゐた。即ち彼は, 先供之者爭鬪致迄之儀に候處、斯之通之御沙汰に而は、甚以心外之至に候。, 之通被仰出候趣承及、驚愕之至、素より途中行違より、不料, 殊に靜寛院宮樣にも深御心配被爲在儀に付、積年微誠御諒察之上、御周旋有, 慶喜追討令, 正月七日の, 慶喜の辯, 蔬, 第十九編戊辰の役, 一八二

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  • 慶喜追討令
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  • 慶喜の辯

  • 第十九編戊辰の役

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  • 一八二

注記 (21)

  • 588,540,61,1479して自己の辯疏を依頼した。慶永宛の書に曰く、
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