『維新史』 維新史 5 p.188

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二靜寛院宮・輪王寺宮の御歎願, しくも徳川家救解の爲に起ち給うたのは、畏き極であつた。, を蒙るべき所爲があつたならば、之に會ふを欲せずと仰せられて、慶喜の請を, て、鳥羽・伏見の戰の經緯及び東歸の次第を語り、又靜寛院宮にも使を以て東歸, れ、詳かに大政奉還以後の政局の推移を述べ、圖らずも鳥羽・伏見の戰に朝敵の, 是より先正月十二日、徳川慶喜は江戸城に歸著するや、即日天璋院に對面し, 却けられた。併し天璋院の斡旋に依つて、遂に十五日、慶喜は宮に〓見を許さ, 正邦より上つた討薩の表を御覽あらせられて、略〻上國の情勢を察知せられて, ゐたが、慶喜の俄に東歸せるにいたく驚かせられ、若し慶喜にして朝敵の汚名, 盛んに行はれるに至つた。殊に靜寛院宮・輪王寺宮が、高貴の御身を以て、雄々, の事情を言上し、且つ賜〓を請うたのであつた。宮は既に正月九日、老中稻葉, 川家の家名を存續せしめ、惹いては江戸の士民を安堵せしめんとする運動が, のがあつた。是に於いて、朝廷に哀訴歎願して、慶喜の寛大なる處分を請ひ、徳, 院宮に救, 解を請ふ, 慶喜靜寛, 第二章江戸開城第二節徳川家救解運動, 一八九

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  • 院宮に救
  • 解を請ふ
  • 慶喜靜寛

  • 第二章江戸開城第二節徳川家救解運動

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  • 一八九

注記 (18)

  • 1289,962,59,962二靜寛院宮・輪王寺宮の御歎願
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