『維新史』 維新史 5 p.216

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閉の身となり、宇都宮近傍は漸く平靜に歸したのである。, の軍に投ずる者も亦多く、其の總勢はやがて二千餘人に及び、〓るべからざる, 兵は官軍が威風堂々江戸に入城するのを見て、悲憤の念に堪へず、江戸を〓し, 川敬三は、更に兵を率ゐて日光に向つたが、會津藩兵等は忽ち四散し、勝靜・勝弼, 父子は四月九日官軍の軍門に降つた。斯くて勝靜・勝弼は宇都宮英嚴寺に幽, して宇都宮を攻撃せんとし、形勢頗る不穩なるものがあつた。是に於いて香, 然るに舊幕兵にして、江戸より關東各地に〓走するものは、依然として其の, いて四散した新選組の殘黨土方歳三等、及び會津・桑名二藩兵等の來りて圭介, 同志二百餘人を率ゐて下總に走り市川に屯集したのである。曩に流山に於, て上總・下總方面に走る者が頗る多かつた。即ち歩兵奉行大鳥圭介の如きは、, に所期の效果を擧げることは出來なかつた。爲に流言〓語は亂れ飛び、人心, 跡を絶たず、官軍は屡く令を關東の諸藩に下して是が逮捕に力めしめたが、容易, は戰々兢々たる有樣であつた。尋いで四月十一日、恰も江戸開城の當日、舊幕, してゐた。然るに會津藩兵及び舊幕兵も亦、日光の近傍に屯集し、勝靜等を擁, の〓走, 大鳥圭介, 第二章江戸開城第四節關東各地の騷擾と徳川家處分, 二一七

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  • の〓走
  • 大鳥圭介

  • 第二章江戸開城第四節關東各地の騷擾と徳川家處分

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  • 二一七

注記 (18)

  • 1397,521,62,1704閉の身となり、宇都宮近傍は漸く平靜に歸したのである。
  • 353,529,68,2311の軍に投ずる者も亦多く、其の總勢はやがて二千餘人に及び、〓るべからざる
  • 818,525,68,2320兵は官軍が威風堂々江戸に入城するのを見て、悲憤の念に堪へず、江戸を〓し
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  • 1509,523,69,2314父子は四月九日官軍の軍門に降つた。斯くて勝靜・勝弼は宇都宮英嚴寺に幽
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